欲張りな勇者は魔王を倒しても満足しないようです
週の始めからこんな話かと思わなくもないです
正装というのはどうにも馴染まない。
これから王女と一緒の馬車に乗って魔王討伐の祝勝パレードをしなきゃいけないんだが、パレードというと専ら観る立場だったものだから、どうにも落ち着かない。
元々はしがないサラリーマンだった。
それが、この世界に喚ばれて勇者と呼ばれるようになった。
なんともこそばゆい呼称に馴染むまで長くかかった気がする。
勇者と祭り上げられて調子に乗っていたのは、もうかなり前のことだ。
仲間を集め、俺は魔王討伐の旅に出た。
長い、長い旅だった。
その旅を、俺は記憶しているだけで78回繰り返した。
一番最初は、旅に出てすぐの森で雑魚モンスターにうっかり殺された。
あ~あ、なんとも締まらない最後だと自嘲していたら、この国に召喚された時点に巻き戻った。
痛みは確かにあった。
血が流れて行く感触も、身体が冷えて行く感覚もあった。
俺は、確かに死んだんだ。
それなのに、俺は生き返った。いや、時間が巻き戻った。
理由はさっぱり分からない。この世界がゲーム仕様だと考えることはできるが、それが本当にそうであるかは分からない。
分かっているのは、俺が死ぬと召喚時に巻き戻るということだけだ。
なにしろ、それから俺は何度も死んで、何度も巻き戻った。
魔王討伐するまでに5年を要した。
これは、この世界において俺が旅立ってから魔王を討伐するまでの時間で、巻き戻った時間は含まれていない。
何度も何度も死んだ。
旅立ってから1年後、2年後、魔王との対決直前に死んだこともある。
俺自身が経験した時間は100年に近いんじゃないだろうか。
苦労に苦労を重ね、何度も死に、何度も仲間の死に立ち合い、そして漸く魔王を打ち倒すことに成功した。
成功はしたんだ。
俺は魔王に勝ち、王を失った魔族は衰退の道を歩み始めた。
俺の長い長い繰り返しの人生も、これで漸く終わりを迎えることができる。
俺は魔王を討った報償として、また世論の後押しもあって王女を、いや、王女たちを娶る。
各国のパワーバランスを考えると一国の姫とだけ関係を結ぶのはよろしくないということで、各国話し合いのもと、完全中立地帯を設けて国とし、その初代国王として俺が収まる。
それが一番いいらしい。
正直、政治のことは分からない。王としての教育も受けていない。
そんな俺が王になって上手くやっていけるかどうかの不安もあるし、各国の姫を嫁にして、どの国にも偏らずいられるものかどうかも分からない。
それでも、魔王がいた頃に比べれば平和なものだし、魔王を討てるほどになった俺をどうこうできる戦力もない。
俺さえ確りしていれば、これほど調停役としての適任もいない。
不安材料はあるものの、そこまで心配はしていなかった。
魔王討伐の旅という過酷な時を経験した後だからかもしれない。
「準備はよろしいですか?」
複数いる嫁の中でも正妻となるフィーラが俺の様子を見に来た。
フィーラは俺を召喚した国の王女であり、付き合いは長い。
勇者としての俺に多くの援助をくれたし、精神面でのサポートもしてくれた。
もちろん、そのすべては打算によるものだ。
フィーラは王女として、国を、世界を救うために勇者である俺を支援し、寄り添った。そして、これからも俺の隣で補佐を続けてくれる。
8割方は世界のためであって、俺のためじゃないけどな。
正直、良い女だと思う。
才女だし、努力家、国や世界に対する献身は疑いようもなく、しがない元サラリーマンには過ぎた嫁だ。
フィーラのことは嫌いじゃない。
彼女を妻にできると言われて嫌な顔をする男なんて少数派だろう。
例えそれが純度100パーセントの政略結婚だとしても。
いや、確かに最初はお互い打算だらけの付き合いだったけれど、長く係わっていれば他の感情だって湧くものだろ。
少なくとも俺はフィーラにそういう感情を抱いている。
フィーラは感情を隠すのが上手いから本心がどこにあるか分からないが、まあ、考えても仕方ない。俺が彼女に誠実であればそれでいい話だ。
「正直、まだ戸惑ってるよ」
俺が王になることも、何人も嫁さんを貰うことも、それが政略結婚だということも、なにより、これが直近の問題だが、パレードをするということも。
「少し、風に当たりましょうか」
フィーラは微笑んで俺をバルコニーに誘った。
その誘いに乗ると、排気ガスの混ざらない気持ちのいい風が吹き抜けた。
「あなたは偉業を成し遂げたのです。人類を救った。あなたにどれだけの報償が与えられようと、過分ということはないのですよ」
魔王を討たなければ人類は滅んでいた。
なら、人類が持ちうるすべては俺が救ったからこそあるもの、と言うのはさすがに過言だろうか。
「戦ったのは、俺一人じゃない」
生き残ったのが、俺だけというだけで。
俺には6人の仲間がいた。
長く苦楽をともにして、命を賭けて魔王を討った仲間。
けれど、彼らはもういない。
彼らは魔王との戦いで命を落とした。
俺が生き残ったのも運でしかない。
魔王との激しい戦いに勝利できたのは偶然の結果だ。もう一度戦って勝てる保証はない。
けれど、勝ちは勝ちだ。そして魔王はもういない。
「亡くなられた方々には感謝してもしきれません。彼らは英雄として、勇者パーティーの一員として長く語り継がれるでしょう。
この先何十年も何百年も、人々は彼らの偉業を称えて行きます」
それが人々が仲間たちに捧げるせめてもの感謝なのは分かってる。
遺族にも十分な報償が渡った。
それでも、それだけだ。
ブルージにはまだ幼い子供がいた。旅に出る直前に生まれた子だ。
子供の未来を守るために、ブルージは魔王討伐の旅に参加して、そして命を落とした。
ヒューはまだ14だった。
これから、まだこれからの少年だった。
2人だけじゃない。みんな、家族や恋人がいた。その家族や恋人を失わないために旅に出て、帰らぬ人になった。
リバーユは、リバーユは俺が心配だからとついて来てくれた。
ずっと、ずっと俺の側にいて、弱音を吐いたときは励まし、調子に乗ったときは戒めてくれた。
魔王を討ったら2人で暮らそうと言った俺に、
「なにを言ってるの。救世主であるあなたには王女さまがいるでしょ。嫌いじゃないでしょ、彼女のこと。
好き嫌いをおいておいても、世界を救った勇者にはそれに見合った報償を与える義務があるの。そして、世界安寧のためにもどこかの国の王として迎えるでしょう。
あなたは生涯勇者なの。それを捨てたら、折角魔王を討っても世界が荒れる。だから、どこかで2人で暮らすなんてのはやっては駄目」
正直、あの頃はまだ俺は魔王を討った後のことまで考えていなかった。
そして現実問題を報されて、生涯勇者でないといけないことを知ってちょっと絶望した。
それでも、リバーユとの未来を諦めなかったのは、彼女が、やっては駄目。とは言ったが嫌とは言わなかったからだ。
魔王を討ちさえすれば、やりようはあると思った。
けれど、最後の最後で彼女は死んでしまった。
魔王は強かった。
魔王戦だけで30回は経験した。
考えてみれば、俺は魔王に何度も殺されたが、リバーユより後になったことはない。いつも俺の方が先に死んでいた。
なのに、今回はリバーユが死に、俺が生き残った。
逆だったら、またやり直せたのに。
俺は魔王を討つまでに何度もやり直した。
やり直せた。
……もうやり直せない?
やり直しの条件がなんであるのかは知らない。俺はそれが魔王を討つため神かなにかに与えられた力だと思っていたが本当にそうなのか?
確かに、いつまでもやり直しがあったなら俺はこの人生を全うできないことになる。
例え老衰で死んでもまた召喚時に戻されるのでは堪らない。それじゃまるで永久ループの無間地獄だ。
だから、やり直しは魔王を討つまでのもの、と考えるのが自然だ。
魔王を討った後、もうやり直しは発動しない。と、勝手に思っていた。
…………………………。
本当に?
もし……もし、だ。
やり直しの条件が別にあったら?
例えば、俺が満足しなければいいとか。
もしも、もしもそうなら……。
「どうかしましたか?」
フィーラが不思議そうな顔で俺を見ている。
今、俺はどんな顔をしているんだろうか?
「フィーラ、俺は欲張っても許されると思うか?」
「もちろんです。あなたは世を救った。お望みなら、今約束された以上のものを望んだとしても誰も断れはしないでしょう。
ただ、やり過ぎれば反発はあるでしょうから、加減は必要ですが」
そう、やり過ぎはよくない。
だが、それは世間の人々に対して要求をする場合だ。
そうじゃないとしたらどうだろうか?
魔王は強かった。
何度も何度も負けた。
次やっても勝てるとは限らない。
いや、勝てなくてもいいんだ。成功するまで、何度でもやり直せばいい。
今、既に俺の将来は約束されてる。
美人で賢くて気立てのいい嫁を貰えるし、金も生涯困らないだけある。
もう一度やり直せる保証はない。
またうまく行くとは限らない。ひょっとしたら、二度と成功しないかもしれない。
でも、それでも……。
完全試合を望んだっていいじゃないか。いや、それを目指すべきだ。みんな、誰一人死ぬべきじゃない。
俺はバルコニーの手摺りを乗り越えた。
フィーラの驚く顔が見えた。
そんな顔をするなよ、また会えるさ、きっと……。
やり直せるのか?
やり直せるとして、後何回かかるのか
その前に、バルコニーの高さは大丈夫?




