【朝が来る】8
白色乗用車の後部座席に、缶チューハイの箱を一ケース載せた。その上に食材の入った買い物袋を乗せる。扉を閉め、車の反対側に回り込み、後部座席に乗り込んだ。
「出しますね」
運転手の声と共に、白色乗用車は滑らかに走り出す。
もう一ケース必要だっただろうか、と絵里は考えた。
洋二は朝から酒を飲むことが増えていた。絵里がやんわりと諭しても、「明日から気を付ける」とだけ言い、翌日には忘れてしまう。
アルコールが切れると、途端に不安そうな顔つきになる。酒さえ切らさなければ、情緒は安定する。その状態を維持する方が、洋二の生活満足度は高いと絵里は判断していた。
あの日以来、事情聴取に呼ばれることはない。詳細は分からない。しかし犯人が捕まったとも聞いていない。洋二がそのことを口にすることもなかった。
いずれにしても、洋二に他の予定はない。ただ機械と共に生活をすればいいだけの治験なので、酔っていようが特に問題はない。絵里はそう判断していたのだが、中央公社での定期面談で、倖田に釘を刺された。
「飲み過ぎだとは思わないか?」
倖田は絵里の面談開始直後に、そう言い放った。
「明らかに適量を超えて摂取している。何故それを改善しようともせず、放置しているんだ。もしかして、治験者に早死にさせるのが狙いか? 私には相棒機械の職務は向いてません、だからもうこの治験者から解放してください、ってことなら、素直にそう言ってくれた方が分かりやすいのだが」
洋二は別室で、野々村との面談をしている。
相棒機械はその間所長室で、点検と整備を受ける。
とはいっても、絵里の機体は毎晩自動精査で異常がないことを確認しているから、基本的には面談に終始することが多い。今回も応接ソファーに向かい合って座り、テーブルに肘をつく倖田と会話をする時間に充てられた。
「アルコール摂取を止めようとすると、抵抗します。精神の安定を欠き、快適な生活が送れなくなると判断しました」
倖田は「ほう」とわざとらしく感心した声を出した。
「この状態を、精神が安定していると判断したのか? それは新しい解釈だ。君の人工知能はかなり独自の進化を遂げているらしい」
絵里が確認している限りでは、洋二の錯乱や動揺は劇的に改善している。数字上は、間違っていない。絵里が応答内容を検討していると、倖田は口調を変えずに話を続けた。
「このままではアルコールがなければ生活出来なくなるだろうな。つまり、治験者は相棒機械よりもアルコールを相棒に選ぶというわけだ。これは完全なる敗北だな。その立派な人工知能と精巧な機体も、完全に宝の持ち腐れだ」
「申し訳ありません」
絵里は頭を下げた。現状が最適解ではない可能性を、再度検討しなければならない。
「精神の安定を欠いている理由は、きちんと把握しているか?」
「おそらく、あの事情聴取が」
「それは」倖田は絵里の言葉を遮った。
「引き金だろう。あくまできっかけに過ぎない。引き金を引かれて弾が発射された。その弾には何が籠っている? 着火した火種はなんだ? それを正確に理解しているか?」
「いえ」
倖田は顔にかかった前髪を無造作にかきあげ、後ろで結んでいた髪を解いて再度結い直しながら、絵里を上目遣いで見た。
絵里は返答を続けようとするも、回答候補が複数立ち上がり、選択に時間がかかった。処理優先順位の確定に、通常より長い時間を要した。
「治験者には、治験場に来るまでの人生がある。層となって積み重なった過去がある。その奥底には、化石のように凝り固まったトラウマがある。それを刺激されると狂ったように取り乱す。その化石を掘り出して博物館に展示出来る位綺麗に磨いてやるか、逆に掘り出せないようにしっかりと鍵を掛けて管理するか、あるいは──」
倖田は一度言葉を切って、にやりとして続けた。
「粉々に壊して、大したものではないと理解させてやってもいい」
「はい」
「いずれにしても、相棒機械は隣ではいはいと言うことを聞いていればいいという簡単なものではない。その高性能さを、存分に示してくれ」
倖田は机に頬杖を突き、「ふう」と息を吐いた。会話の終了を示す合図だ。
絵里は立ち上がり「失礼します」と所長室を後にした。人工知能では今後の対応を検討し続けている。最適解の算出確率が、わずかに低下していた。




