【白でも黒でもない】24
野々村が専用個室で作業をしていると、ノックの音が聞こえた。
「どうぞ」と顔を上げずに声をかける。扉が開き、姿を現したのは倖田だった。
「珍しいですね」野々村は思わず顔を上げる。
「所長がノックして入って来るなんて」
「私は今、すこぶる機嫌が良いんだ」
倖田は嬉しそうな声で返事をした。野々村の横を通りすぎ、部屋の奥に設置された冷蔵庫の前に立つ。
「おやこれは」
倖田はわざとらしく驚いた声を出した。
「なんとチョコレートケーキではないか」
振り返って野々村を見る。野々村は何も言わずにパソコンの画面を見た。倖田は「なんとチョコレートケーキではないか」と同じ台詞を繰り返した。
「所長の分はありませんよ」
野々村が冷たい声を出すと、倖田は「嘘だね」と即座に否定した。
「だってこれ、二個ある」
「二個とも僕のです」
「いや待て。よく考えろ」
倖田は顎に手を当て、考えるふりをした。
「ケーキは二個。人間は二人。真実はいつも一つだ」
「ちょっと何言ってるか分かりませんね」
倖田は勝手に皿を出し、ケーキを一つずつ乗せて運んできた。
「はいこれ。野々村くんの分」
野々村のデスクの書類の上に皿が置かれた。ショートケーキが乗っている。
「ちょっと待ってください」
倖田はパイプ椅子に座り、傍らの机の上にケーキの皿を置いた。すぐにフィルムを剥がし、チョコレートケーキにフォークを刺した。
「チョコレートケーキは! チョコは僕のです!」
倖田は聞こえないふりをして、ケーキを口に運んだ。野々村は「あああ」と崩れ落ちる。傍にいた助手の卵型機械が水色の光をちかちかと点灯させた。
「いやこれは、うん。なかなか。うん」
倖田は野々村に構うことなくケーキを平らげた。野々村は恨めしそうな目で倖田を見た。
「せっかく、買ってきて貰ったのに」
「いや美味かった。ご馳走様。いつも悪いねえ」
「そろそろ、本気で冷蔵庫に鍵を付けます」
野々村は不貞腐れた顔で言い、ショートケーキにフォークを刺して小さく切り、一切れ口に運ぶ。
「あ。美味しい」
「ほらね!」
倖田は急に大きな声を出した。
「野々村くんは今、ショートケーキなんじゃないかなって思っていたんだよ。やはり私の勘は間違っていなかった!」
野々村は、はあ、と深く溜息を吐いた。
「それでどうしたんですか」と言い、残りのショートケーキを口に運んだ。
「うん。鈴をね、相棒機械に昇格しようと思ってる」
「ああ。そうですか」
野々村は頷いた。
「じゃあ、機体を変えなければなりませんね」
家事専用機械の機体は相棒機械のものと異なる。
相棒機械の方がより細かに人間を再現出来るよう、動かせる部位が増える。その代わり、純粋な労働力としての機能は下がるし、燃費も下がる。機械としての機能を多少犠牲にして、人間に寄せているのだ。
「そうだね。まあ、うん、そうなるね」
「何にやにやしてるんですか。気持ち悪い」
野々村が目を眉間に皺を寄せる。倖田は表情を崩さず、「あのね」と言った。
「私は人間の隼人が好きだよ」
「なんですか急に」
急に下の名前で呼ばれて、野々村は困惑した。
「いやなんか、機械に憧れてるっていうからさ。大切な人の為に」
「誰に聞いたんですかそんなこと」
野々村は精一杯低い声を出した。顔が勝手に赤くなる。
「主人思いの助手機械」
傍らに控える卵型の機械を見た。頭頂部を青く光らせて、野々村から少し遠ざかった。
「なんてことを」
「いいなあ。本当。機械ってのはこれだから可愛いよ」
倖田は「ははは」と笑った。卵型の機械は倖田の後ろに隠れた。
「私はね」
倖田は目を細めて口を開く。
「機械なら代替がきくと思って研究を始めたんだ。だって同じ部品で作れば同じ機械が出来るはずだ。そうでなくては困ると思っていた」
野々村は「はい」と返事をした。
「だけど、結局全く同じ機械ってのは出来ないね。なんだかんだ言っても個性があって、それぞれ違う。よく考えたら人間もそうだ。同じ細胞で大体一緒になるはずが、こんなに幅広くて全部違う」
卵型の機械が倖田の後ろからそっと斜めに視覚カメラだけを覗かせた。野々村が見ていることに気付くと、また倖田の後ろにさっと隠れた。
「色んなことが想定外なんだ。だけどね」
倖田は「はは」と笑った。
「今はそれが面白くて仕方ない」
「そうですか」
野々村は少しだけ笑った。
「そんなわけで、君の代わりを機械に務めさせる気はない。せいぜい私より長生きしてくれよ」
倖田はそう言うとにやりと口元を歪めて立ち上がり、野々村の部屋を出ていった。倖田の後ろに隠れていたはずの卵型機械はおろおろと左右に体を動かした。
「もう」野々村は腰に手を当てて声をかけた。
「今回だけ許します」
卵型の機械は頭頂部をピンク色に点滅させて、野々村の傍に戻って来た。野々村が手を置くと、いつもの位置で動きを止めた。




