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【白でも黒でもない】23

 朝陽が深く溜息を吐くと、倖田はたまらず噴き出した。

「あはははははは」

 目の前で思い切り笑う倖田に、朝陽は眉をひそめた。

「そんなに笑うことでは」

 倖田はまだ笑いを堪えきれないようで、くっくっと肩を揺らしている。

「いやこんなにきっぱりと口答えされたのはどれくらいぶりだろうと思ってね。少なくとも機械(ロボット)では君が初めてだ。いやあ本当、いい度胸だ。感心したよ」

「あの」

 朝陽は困惑していた。

 自分はもしかしたら廃棄処分(スクラップ)になるかもしれないという気持ちと、それでもいいからなるようになれという投げやりな気持ちと、藍美の泣き顔と、色々なものを思い浮かべながら勇気を振り絞ったというのに、倖田は笑っている。

「いやあ、そうか。うんうん」

 倖田はようやく笑いを堪え、何度も頷いた。

「では君は廃棄処分(スクラップ)になる覚悟が出来ているということかな?」

 朝陽が固まると、その姿を見て倖田がまた笑う。

「冗談だよ。いや本当に。久々に笑わせてもらった。ありがとう」

「それじゃあ」

「そうだな。直輝の相棒(パートナー)の役職は解いてあげよう。どのみち直輝と藍美(二人)がやり直すことはなさそうだし、妥当な判断だろうな」

「それで、鈴は」

 朝陽が上目遣いで問うと、倖田は「いいね」と言った。

「自分のことよりも鈴の方が心配か。君は本当に機械(ロボット)らしくて、機械(ロボット)らしくない」

 朝陽はなんと返事をしていいか分からず、唇を噛んだ。

 機械(ロボット)らしくないが誉め言葉かどうか、判断がつかない。

 ふとユキの顔が浮かんだ。彼女にとってなら、今の言葉は誉め言葉に違いない。きっと飛び上がって喜ぶだろうと思った。

「そうだな。その返事の前に少し私の話を聞いてくれ」

 倖田は足を組み、ソファーの背もたれに体重を掛けた。朝陽は「はい」と頷く。

「あるところに一体の機械(ロボット)がいました。その機械(ロボット)は順調に成長し、指示に忠実に従い、職務を全うしていました」

 倖田のゆっくりとした語り口を聞き、朝陽は頷く。

 一体なんの話をしようとしているのだろうと考えるが、情報が少なすぎて分からない。

「何回かの機体変更(モデルチェンジ)を経て、タクシーの運転手になった機械(ロボット)は、指示通り顧客を送迎する毎日を送っていました。とても平和な日々でした」

 朝陽は黙って頷く。どうやら自分の話ではなさそうだと判断した。朝陽はタクシーの運転手を経験していない。

「ある日一人の治験者と、相棒機械(パートナーロボット)を乗せました。いつも通り言われた場所に降ろそうとして扉を開け、カードで料金を支払ったことを確認したそのとき、機嫌の良い治験者の男からチップというものをもらいました。生まれて初めてだったので、少し動作が止まりました。チップの意味を調べて、五百円硬貨を見る。何故自分がこのようなものを貰うのかは考えても考えても分かりません」

 朝陽の人工知能(頭の中)に、あの日の出来事が再生される(思い浮かぶ)

 機嫌の良かった洋二()の顔。それを遮ろうとした自分の台詞。

「その日から、タクシーの運転手でしかなかった機械(ロボット)に少しだけ自我が芽生えました。後ろに乗る治験者と相棒機械(パートナーロボット)を観察するようになり、いつかは自分も名もなき機械(ロボット)ではなく、誰かの相棒(パートナー)になりたいと思うようになりました」

 無口な運転手の変化など、自分は知らなかった。同じ機械(ロボット)の運転する白色乗用車(タクシー)に何度乗ったかも、数えていなかった。

「ある夜のこと。誰かの役に立ちたいと、呼ばれてもいないのに治験場()を巡回して顧客を探していた白色乗用車(タクシー)に一人の男が乗りこみました。チップをくれたあの男です。しかし男の隣には、いつも一緒にいる相棒機械(パートナーロボット)がいなかったのです」

 あの夜のことだ、と朝陽は思った。

 中央公社まで迎えに来た洋二の顔を、はっきりと再生する(思い出す)

「怒らせてしまったのだ、と男は言いました。許して貰う為なら何度でも謝る、戻って来てもらうのだと恥ずかしそうに男は言いました。そこまで思って貰える相棒機械(パートナーロボット)を羨ましく思いました。それから、相棒(パートナー)という言葉の意味を考えました。きっと相棒機械(パートナーロボット)は他の機械(ロボット)とは違うのだ。相棒(パートナー)として対等の立場で人間と接することが出来る存在なのだと気付きました。目的地に着いて車を停めました。男は降りるとき、『ありがとう』と言いました。嬉しくなり、「目的が達成されることを祈っています」と声をかけました。男は「ありがとう」と言って車を降りて、走り去ってしまいました」

 倖田は言葉を切り、テーブルの上に置かれた湯呑を手に取った。すっかり冷めたお茶を飲み、再度口を開く。

「今は家事専用機械(メイドロボット)として働くその機械(ロボット)は、今も五百円硬貨をケースに入れて、大事に大事に持ち運んでいるそうです。おしまい」

 朝陽は言葉を失った。全然、知らなかった。

「自分は絶対にあんな相棒機械(パートナーロボット)を目指すのだと何度も聞かされた。報告書も何度も読んだ。だから鈴の相棒機械(パートナーロボット)という仕事への熱量は、私がようく分かっているつもりだよ」

 倖田はにっこりと笑って見せた。朝陽はしばらくの間、言葉を発することが出来なかった。

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