【白でも黒でもない】19
押し切られるような形で、朝陽は中央公社を出た。
「早く帰りなさい。私にはもう帰る家もないんだよ」とユキに凄まれては、その場にとどまることは出来なかった。
渋々なるべくゆっくりと家に帰ると、藍美はいなかった。
電気の消えた家の中で落胆する。ユキに説得されてその気になりかけたが、藍美は既に朝陽に興味がない。きっともう手遅れなのだ。
電気をつける。部屋は散らかったままだった。空き缶が転がり、食べかけのスナック菓子がテーブルに散乱している。
深く溜息を吐いた朝陽はその場にしゃがみこんだ。
藍美は、この部屋を見たとき、朝陽がどう思うかを想像したりしないのだろうか。機械だから、何をやっても許されると思っているのだろうか。
朝陽は部屋の片付けを始めた。
中身の入った炭酸飲料やアルコールの缶をまとめて持ち上げ、キッチンへ移動する。シンクに中身を捨てているとき、直接通信でメッセージが届いた。相手は鈴だった。
『朝陽様。どちらにいらっしゃいますか』
『家だけど。何?』
会話をするのは藍美と家を出て以来だった。急な通信に思わず警戒する。
『無事ですか?』
『無事だけど』
『すぐにスマートフォンの電源を入れてください』
朝陽はそこで、スマートフォンの電源を切ったままにしていたことに気付いた。言われた通り電源を入れる。途端にスマートフォンが着信を告げる。表示された名前は藍美だった。一瞬迷って、通話アイコンに触れる。
「はい」
「どこにいるの!」
急に飛び込んできたのは藍美の悲鳴に近い叫び声だった。
「家、だけど」
「無事なの? 大丈夫?」
半泣きの藍美の声に圧倒されながら「ああ、うん」と返事をする。
「すぐに帰るから、待ってて! 絶対待っててよ!」
「うん分かった」
電話が切れた。鈴からメッセージが届く。
『藍美様がとても心配してらっしゃいました』
『なんでそれを鈴が知ってる?』
『藍美様は今まで我が家にいらっしゃいました。直輝様に一度電話がかかって来て、朝陽様の居場所を尋ねられました。知らないとお答えになったのですが信じられなかったようで、直接いらして家の中を探しておられたのです』
朝陽は眉間に皺を寄せた。あんなに直輝を嫌がっていたのに家まで行くなんて、と思った。
『ご無事でなによりです』
鈴が通信を終わらせようとしたので『鈴』と引き留めた。
『はい。なんでしょう』
『お前は直輝が好きか』
鈴の返事はすぐに返って来た。
『もちろんです』
『自分が便利で替えの効く存在として重宝されているとしてもか』
言葉を選ばず朝陽は尋ねた。鈴は『はい』と返事をした。
『それでも今、直輝様のお役に立っているのは私です。その前のことも後のことも、私には分かりません』
『分かった。ありがとう』
朝陽は通信を打ち切った。そのとき、インターフォンが鳴った。
「どちら様ですか」
朝陽は玄関脇のモニター越しに返事をした。暗闇に映るのは、先ほど部屋にあがっていたうちの一人だと気付いた。
「朝陽くん! 本当に帰ってたのね。良かったー! ならいいの。ごめんね。ママ、すっごく心配してたよ」
藍美と同世代くらいの女性だった。確か隣のアパートの住人だ。後ろに立っているのは相棒機械だろうか。暗くて、よく見えない。
「ええと、ごめんなさい」
朝陽はひとまずインターフォン越しに謝った。
すると女性は「いいのいいの」と笑い「開けなくていいよ!」と言っていなくなってしまった。聴覚感度を上げると「藍美もやっぱり母なんだねえ」という声と遠ざかる足音が聞こえる。
そこで、ようやく気付いた。
あの人達は藍美と一緒に朝陽を探していたのかもしれない。
あの相棒機械の干渉番号はお互いに知らないから、直接通信を取ることは出来ない。そうなればもう、人間と同じ方法で探すしかない。
朝陽は唇を噛んだ。
自分は、あの女性の名前も、機械の名前も知らない。向こうは朝陽の名を知っていたのに。
朝陽はそのまま藍美が帰って来るまで立ち尽くしていた。




