【朝が来る】6
中央公社で倖田所長との面談を終えた絵里は、洋二と共に島の自治機関へ向かった。
通された狭い部屋の中には机と、向かい合うようにパイプ椅子が置かれていた。机と天井に埋設された極小カメラのレンズが、音もたてずに洋二を追う。
部屋に導いた自治機関所属の機械は、身体を折りたたむようにして、無理矢理パイプ椅子に座った。
洋二も座るよう指示された。洋二は軋んだ音を立て、パイプ椅子に腰を下ろした。絵里の分の椅子はないので、洋二の後ろに立ち、ことの成り行きを見守った。
絵里は聴覚感度を上げ、洋二の心音を聴いた。普段より早い。発汗も見られる。緊張しているようだ。
「それでは、始めます」という宣言で事情聴取が始まった。
向こうから情報を提供されることはほとんどなかった。被害者男性との関係や、洋二の退職の経緯、職場の人間関係や金銭トラブルの有無を聞かれ、洋二は幾度も言葉に詰まった。だが、それは洋二自身の癖でもある。
「思い出せませんか?」
対面した機械が急かすたびに、洋二は身体を硬直させ、頬を赤くし、意味のない言葉を呟くようになった。絵里は先ほどの面談で「絶対に余計なことを言うな」と倖田に釘を刺されていたので何も言わず、ただ洋二の後ろで黙って話を聞いていた。
事情聴取は夕方まで続いた。それでも「まだ終わっていないので」と、明日も朝から来るよう命じられた。
洋二は肩を落としていて、顔色も悪かった。帰りの白色乗用車の車内でも、洋二は俯いたまま何も言わない。絵里はどのような言葉をかければいいのか、判断がつかずに困っていた。事情聴取のことを尋ねるべきか、全く別の話題を提供すべきか。
絵里はいくつかの選択肢の中から「晩御飯、何が食べたいですか」と尋ねることを選んだ。洋二はしばらく無反応だったが、「暖かいもの」とだけ返事をした。
「分かりました」と返したきり、会話は終わってしまった。こんなに静かな洋二を見るのは初めてだ。
翌日も洋二は静かに自治機関に向かった。
俯くことはないけれど、遠くを見つめていて、何を考えているか分からない。絵里は洋二を理解しようと、感度を上げて観察を続けた。
自治機関機械は昨日と同じ質問を繰り返した。洋二は昨日と同じように答えていた。そのとき急に「で、動機は何ですか?」と質問された。洋二は「え?」と言って固まった。
「信じて貰えなかったことですか? 自分は盗難などしていないのに、ポケットから同僚の財布が出てきた。それを何度説明しても被害者に分かってもらえなかった。その気持ちが、あなたを凶行に駆り立てた」
「ええと、あの」
洋二は頭をぽりぽりと掻き、唇を噛んだ。そして、低い声で静かに質問を返した。
「俺のこと、疑ってるってこと?」
向かい合う機械は同じ声色で、質問を重ねる。
「あなたが殺したんですか?」
洋二はしばらく黙っていたが、膝の上の拳を力強く握り、長く大きな溜息を吐いた。向かいの機械を睨みつけ、立ち上がり、座っていた椅子を蹴り飛ばした。
「俺はやってない!」
それだけ言うと、絵里の方に体を向け、部屋の扉に手をかけた。顔が赤くなっている。
「まだ終わっていません」
機械の声に耳を貸すことなく、洋二は部屋を出た。絵里も慌てて付いて行く。
洋二はまたしても口を開くことはなかったが、明らかに目の色が変わっていた。鼻息も荒い。怒りの反応だと絵里は判断した。
建物の外に出たとき、野々村から通信が届いた。
『治験者を至急自治機関に連れ戻すように』
絵里は咄嗟に洋二の腕を掴んだ。洋二は身体を引かれてその場に立ち止まる。振り返り、絵里を見た。
「なんだよ」
洋二は低い声を出した。
「戻るようにと、言われています」
洋二は返事をしない。
「このまま帰ると、立場が悪くなります」
絵里が言葉を重ねると、洋二は「俺はやってない」と小さな声で呟いた。
「戻って、きちんと説明しましょう」
絵里は再度洋二の腕を引いた。
「……信じてくれるはずない。昔から、俺の言うことなんて誰も聞いちゃくれない」
洋二にかけるべき最適な言葉が見つからず、絵里は黙った。
「どうせお前も、俺がやったと思ってるんだろ」
「洋二さんは、犯人ではないと仰っていました」
洋二は一瞬口を開きかけ、そして閉じた。それから目を細め、小さく「ああ、やっぱりな」と呟いた。
「あの、あれ、体調が悪いって言っといて」
洋二はそれだけ投げやりに言い残すと、絵里に背を向け、さっさと歩きだしてしまった。
「洋二さん」と声をかけてみたが、振り返る気配はない。放っておいた方が良いのだろうかと絵里が検討しているうちに、洋二はどんどん遠くへ行ってしまう。
ひとまずその背を追いかけた。そうしながら野々村に治験者は体調不良を訴えていることを通信で伝え、白色乗用車の手配をした。
とにかく洋二の傍を離れてはいけない。
この判断は間違いないはずだと、人工知能で何度も思考点検を繰り返した。絵里の行動に間違いがあってはならない。




