【白でも黒でもない】18
相棒を失ったばかりのユキは、いつもより少し元気がなかった。
「私は用事がありますので」と野々村は立ち去ってしまい、部屋には朝陽とユキだけが残された。
「亡くなったのか」
朝陽の言葉に、ユキは身体をびくっとさせた。
「死んじゃうとさあ」
ユキは泣きそうな顔で朝陽を見る。
「本当にもう、会えないんだよ」
言い終えたとき、ユキの目からぽろりと涙が流れた。
「そこにいるんだけど、動かないの。もう、何も言わないの」
朝陽は頷く。ユキの言葉に、過去の自分を重ねた。思わず一緒に泣きそうになる。
「何回話しかけても、もう届かないの。ああ、どうして生きてるうちにこれを言わなかったんだろうって思っても、もう遅いの」
ユキはしばらくすすり泣いた。朝陽は黙って、ユキが泣き止むのを待った。
「まあもうさ、割り切らないといけないんだけどね」
ユキは泣き終えて顔を上げる。その顔には、寂しげな笑みが浮かんでいる。
「亡くなる直前に『これで向こうにいる奥様に会える』って言ったの。死んだ後の世界があるんだって。そこには奥様が待ってるんだって。本物の越前ユキさんが、あの人のこと、待ってるんだって」
ユキの目からまた涙が流れる。
「私、やっぱり代わりにはなれなかったんだよね。一生懸命奥様の特徴とか真似したつもりだったんだけど、私は私で、そっくりな機械でしかなかったみたい」
朝陽は口を開いて、何も言えずにまた閉じた。
「でも、最後に『ありがとう』って言ってくれたんだよね。それで満足するしかないよね。今頃本物の奥様と仲良くしてるって思うしかない」
涙を流しながら「えへへ」と笑うユキに、朝陽は「なんで笑うんだよ」と言った。
「なんで笑うんだよ。本当にそう思ってんのか? そんなにすぐに割り切れるものなのか? だってお前、一生懸命やったのに、それなのに……」
代わりでしかなかったなんて。朝陽は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「そんなわけないよ」
ユキはそれでも悲しそうに笑う。
「でもね、私が私の仕事、出来てなかったとは思わない。だってね、ちゃんと毎日お話したのは私だから。ユキさんじゃないから」
朝陽は言葉を失い、ただユキを見る。
「嫌だ嫌だって言ってたけど、一回だけアニメも一緒に見てくれたんだよ。昔ちょっとだけ見たことあるって言ってた」
またユキはえへへ、と笑う。
「つまらんなって言ってたけど、笑ってたんだから。私、見逃さなかったんだから」
朝陽は深く溜息を吐いた。
「お前は、強いよな」
ユキは首を傾げた。
「ぼくはもう駄目なんだ。相棒機械の存在価値が分からない。どうして人間じゃ駄目なんだ。人間の傍には人間だけがいればいいんじゃないか。機械は人間の代わりだ。人間より価値は低いんだ」
ユキは「でもさあ」と少し遠くを見て言った。
「相棒機械にしか出来ないことってあるよ」
朝陽はユキの顔を見た。
「私達は治験者のことを、忘れずにいられるんだよ。相棒が何が好きで、何が嫌いだったか。どんなことで喜んで、どんなことで泣くのか。それを正確にいつだって再生出来る」
「そうかな」
朝陽は首を傾げる。ユキは「そうだよ」と力強く頷いた。
「そうかな……」
朝陽はもう一度繰り返した。その声は思いがけず弱々しいものになってしまう。
「いやでも」
朝陽は首を振った。
「ぼくは人間が嫌いだ。一緒にいればいるほど、嫌いになっていく。毎日辛いんだ」
「え。朝陽は人間のこと、好きじゃない」
ユキはきょとんとして言った。
「好きだから、気になって仕方ないんでしょ。相手のことばっかり考えちゃうから。優しいからね。朝陽は」
ユキは静かに笑う。朝陽は「そんなことない」と言った。
「そんなことなくないよ。自信もって。それにね、深く考えなくても大丈夫」
ユキは力強く言った。
「人間はね、誰かを愛する為に生まれてくるの。その為に言葉があるし、好きっていう感情があるの。あたしはそう思ってる」
声色を変えて放たれた台詞に、聞き覚えがあった。
「私もそう思う。きっと機械も大して変わらないと思うんだよね。案外考えない方がうまくいくことだってあるしさ」
ユキは朝陽の肩をぽんぽんと叩いた。
「朝陽は真面目すぎるよ。大丈夫。肩の力抜いて」
「いや、でも」
朝陽が戸惑っていると、ユキは「あ、あとさあ」と付け足した。
「朝陽、ちゃんと相棒に好きって気持ち、伝えた方が良いよ。辛いと思ってるなら、その気持ちも、全部」
「いや」
「朝陽はいつも、肝心なことをちゃんと言わないんだから」
朝陽が口を開いたとき「あのね」とユキは真剣な顔になった。
「今言えることは今言った方が良い。伝えられなくなってからじゃ、遅いんだからね」




