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【白でも黒でもない】17

 野々村の専用個室(部屋)の扉がノックもせずに開いたので、野々村はてっきりまた倖田が来たのだと思い顔を上げることをしなかった。

「野々村さん」

 その声が倖田と違うことに気付いて、ようやく顔を上げた。

「野々村さん、もうぼくを廃棄処分(スクラップ)にしてください」

 その悲痛な声を聞き、野々村は目を丸くした。

「どうしました」

「自信がありません。相棒(パートナー)の幸せを心から願うことが出来ません」

 朝陽は野々村の声が届いていないかのように頭を抱え、その場にうずくまった。野々村は思わず駆け寄る。

「朝陽」

「治験者に必要とされていない相棒機械(パートナーロボット)など、存在する価値はありません。もうぼくは駄目なんです」

 朝陽の小さな背中は震えている。

「人間はどうしてあんなに勝手なのですか。ぼくは人間と分かり合える気がしない」

 野々村は朝陽の背中に手を置き、横にしゃがんだ。視線が同じ高さになる。

「確かにそうですね」

 朝陽ががばっと顔を上げ、野々村の顔を見る。

「野々村さんは人間じゃないですか」

「そうですよ。でも僕は機械(ロボット)になりたいと願っています」

 朝陽は目を丸くしたまま、野々村の顔をじっと見る。

「何故ですか」

 野々村は目を細め、「大切な人の傍にずっといられるからです」と答えた。

「大切な人の傍に?」

 朝陽は野々村の言葉を繰り返す。野々村は「まあとりあえず」と言った。

「座ってください。お茶でも入れましょう」

 立ち上がった野々村に進められるがまま、朝陽はパイプ椅子に腰掛けた。湯気の立った湯呑と一口サイズのチョコレートを受け取る。

「疲れたときにはまず甘いものですよ」

「それって、機械(ロボット)でもですか」

 野々村は「もちろんです」と声に力を込めた。

「甘いものは万能です」

「そういうものですか」

 朝陽はチョコレートの包みを開き、口に運んだ。その姿を見て、野々村は頷いた。

「それで」

 パソコン前に座り、椅子の角度を変えて朝陽の方に向き合った。

「なんの話でしたっけ?」

「野々村さんが機械(ロボット)になりたい話です」

 朝陽の言葉に「ああ」と野々村は頷いた。

「僕は孤児です」

「え」

「母親と父親の顔を知りません」

 朝陽は目を丸くし、野々村の顔を見つめた。

「ある日僕を引き取ってくれたのが倖田所長でした。僕の名は野々村のままですが、戸籍上は倖田所長の養子です。倖田所長は奥さんとお子さんを亡くしています。亡くなった娘さんは僕と同い年だそうです」

「どうして、亡くなってしまったのですか」

「知りません」

「え」

「亡くなったことを聞いたのも、引き取られたとき一度だけでした。そのとき倖田所長は本当に悲しそうな顔をしました。だから僕はそれ以上聞けなかった」

 朝陽はきゅ、と口を固く結んだ。

「僕はお嬢さんに似ていたそうですよ。まだ小学生だったので、僕は今よりもっと華奢で、よく女の子に間違われました」

 野々村はふう、と息を吐き、話を続ける。

「倖田所長は優しかった。少なくともそれまでの施設暮らしとは比べ物にならないほどの生活をさせてもらいました。感謝しています。倖田所長の為ならなんでもします」

 朝陽は頷いた。

「倖田所長は、その当時から機械(ロボット)の研究をしていました。自分のように大切な人を失った人の傍にいられる機械(ロボット)を作りたいという目的で、こうしてそれを実現する為の治験場()まで創り上げました。本気なんですよ」

 朝陽は俯き、唇を噛んだ。

「僕は人間です。だからすぐに死んでしまう。自分勝手な欲求も、面倒臭い感情も持ち合わせてしまっています。でも、機械(ロボット)だったら。人工知能さえ無事なら、どれだけ機体(ボディ)が破損しても倖田所長の傍にいられる。倖田所長が亡くなるその日を見届けることが出来る。もう倖田所長に悲しい思いはして欲しくないのですよ」

 朝陽は「でも」と言った。

「倖田所長はそれで幸せなのでしょうか。傍にいて欲しいのは野々村さん本人ではないのですか」

「それは分かりません。やったことがありませんから」

 野々村が首を横に振る。朝陽は胸のあたりに手を当てた。

「だってこの研究所には野々村さんと倖田所長しか人間がいないじゃないですか。そんな野々村さんの代わりなんて」

「誰も失いたくないから、倖田所長は人間を置かないのです」

 朝陽が何かを言いたげに、口を開く。同時に、野々村の白衣のポケットのスマートフォンが振動した。

「失礼」

 野々村はスマートフォンを手にして、画面を確認した。

「ああ、もしかしたら答えを持ち合わせているかもしれない機械(ロボット)が来ていますね。ちょっと話を聞いてみましょう」

「答え?」

 こんこん、と扉がノックされる音がした。

「どうぞ」と野々村が声をかけると同時に、野々村の助手機械がさっと扉を開けた。そこに立っていたのは、越前ユキだった。

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