【白でも黒でもない】16
転居先のアパートで、藍美は非常に機嫌が良かった。
以前の家よりは明らかに狭くなったが、問題はないようだった。鼻歌を歌いながら洗濯物を干したり、掃除をしたりしている。
合間に、直輝と暮らすことが実は苦痛で仕方なかったのだと遠慮なく朝陽に聞かせた。聞かされた朝陽はあまり大袈裟な反応をすることなく頷いて、ただ藍美の話を聞いた。
夜間外出の頻度は変わらない。週の半分以上は家にいないし、アパートに住む他の治験者とも親しくなり、日中はよく廊下で話し込んでいる。
直輝と別居したことで、後ろめたさがなくなったのだろう。
浮かれる藍美を見ながら、朝陽は淡々と自分のペースで生活をした。
藍美の朝食を作り、自身は日中遊びに出かけ、夜には藍美を見送り、藍美が用意していなければ夕飯を用意して自分で食べる。
藍美は手のかからない朝陽の態度に喜び「さすが私の息子だね」と朝陽を褒めた。朝陽は素直に頷くことが出来ない。曖昧に返事をにごしてやり過ごした。
以前よりも海の見える公園に近くなったので、頻繁に通うようになっていた。
ベンチでただ時間をやり過ごし、藍美からスマートフォンに連絡が来ればその時間に合わせて食事を摂った。特に表立った問題はなく、日々は過ぎて行く。
朝陽はずっと悩んでいた。
藍美も幸せそうだし、直輝と鈴も幸せだと思う。それでも気持ちは晴れない。このままでいいのかと考えてしまう。
ユキは最近、相棒の体調が悪く付きっ切りで看護している。朝陽と会話をする時間はなくなってしまった。
寂しく感じるけれど仕方がない。本来相棒機械に友達はいない。自分のことは自分で解決しなければならない。そう思いながらも二人で話したベンチに座り、もしかしたらを待ってしまう。
しかし何時間座っても、ユキが来ることはなかった。朝陽は諦めて立ち上がり、自宅へ戻る。
玄関の鍵を開けたとき、見慣れぬ靴があることに気付いた。成人サイズのものが複数あり、中からは賑やかな声が聞こえてくる。
「あ。朝陽、帰ったの」
藍美が玄関の方に歩いて来た。その頬はもう既に赤い。
「あのね。お客さんが来てるの。朝陽も挨拶しなさい。ママのお友達」
中から手を振っているのは、治験者とその相棒だろうと思った。子供型の機械は一人もいないし、朝陽は明らかに場違いだ。
「ええと」
朝陽は後ずさり、藍美に背を向けた。
相棒機械としてなるべく治験者の傍にいなくてはいけないと分かってはいるものの、どうしても今はそれをやりたくない。
駆け出す。階段を下りる。夕陽が沈んでいく。
スマートフォンが着信を告げる。藍美からだった。
電話に出ることなく電源を切った。そのまま走り、どこに行こうかと考えた。特にどこも思い浮かばない。もういっそと思い、向かったのは中央公社だった。




