【白でも黒でもない】13
家に帰る気になれず、スマートフォンで野々村と面談をしているはずの藍美にメッセージを送信した。
『あそんでからかえるね』
送信済みのアイコンを確認し、スマートフォンの電源を落とす。それからとぼとぼと歩く。足は自然といつもの公園に向かう。
そこは島の東側に位置する、海の見える公園だった。海辺に望遠鏡が設置され、ブランコとベンチが置かれているだけのその場所に、朝陽は最近よく足を運んでいる。
「朝陽くうん」
公園が見えてくると、能天気な声が聞こえてきた。
声の主は越前ユキ。外見年齢七十歳を超えた白髪交じりの老婦人だ。
ベンチから立ち上がり、こちらに手を振っている。
「またここにいたのか」
朝陽はそう言いながら、ユキの隣に腰掛けた。
「ねえ、映画観た? 恐竜のやつ。リメイクの」
ユキはその年齢らしからぬ口調で朝陽に話しかける。朝陽は「見たよ」と言った。
「泣けたでしょ? ね? ね?」
朝陽は返事をしない。涙を流すほどではなかったが、見終わった後しばらく言葉を失ったことは、ユキには教えられない。
「それより、良いのか。旦那さんは」
ユキは今、妻に先立たれてしまった老人の相棒機械として働いている。
「一人になりたいって言われたから」
ユキはそう言ってぺろりと舌を出す。
八十を目前に控えたユキの相棒は足腰が弱ってあまり外には出られない。それでも一人の時間が欲しくなるらしく、ユキによく「散歩にでも行ってくれ」と命じるのだと言う。
「それより」
ずい、とユキは朝陽の顔を覗き込んだ。
「悩み事でもあるの? なんか、元気ない」
朝陽は身体を少し後ろに倒した。
「ないよ。ないない。全然ない」
笑いながら答えたが、ユキはじーっと朝陽の顔を見ている。
「そうかなあ。そんなことないと思うけどなあ」
ユキは尚も食い下がろうとしたが、朝陽は「別に」と投げやりな声を出した。
「今回の任務は失敗してもいいと思ってるし。悩むほど真剣にやってない」
「また出た」
ユキは呆れたように言った。
「前回もそう言ってた。補助だけすればいいんだって」
朝陽は何も言い返せず、口を尖らせた。
「そうやって自分に言い聞かせてるだけでしょ。そうは言いながら、そうは割り切れない癖に」
朝陽ははああと盛大に溜息を吐く。
「ぼくは分からないんだよ。どうしたいのか、どうしたらいいのか分からない。傍にいる人間に幸せになって欲しいのか、そうでないのか分からない。人間のことを好きか嫌いかも分からない。もう全部分からない。どうしたらいいんだぼくは」
ユキは頷いた。
「なるほどね」
「次失敗したら廃棄処分だと言われてる。そうなっても仕方ないかなと思ってもいるんだ」
「それは駄目!」
ユキは立ち上がって叫んだ。
「私の友達がいなくなるなんて、そんなの絶対に駄目!」
「そうは言ってもな」
「大丈夫だよ。ねえ私、最近気付いたことがあるんだけど」
ユキは目を輝かせて言った。
「なんだよ」
「人間と機械の時間の流れ方って違うじゃない」
「まあ、そうだな」
朝陽は頷いた。
「人間同士でも歳によって時間の流れ方って違うの。朝陽くらいの年齢の人の時間感覚と、私の相棒の時間感覚は全然違うと思う」
「それで?」
「だから、うまく言えないけどなんていうか」
朝陽の口からふ、と小さな笑いが出た。
「うまく言えないのに話始めてんのかよ」
「時間をうまく使った方がいいと思うの。私の主人がね、『時間が経ったからこそ許せることもあるし、許せないこともある』って言ってた」
「なんだそれ」
「だから、機械だけの基準でなんでも判断しない方がいいってこと」
ユキは手を握り、拳を上下に振る。それから「だから」と言って朝陽の手を両手で握った。
「廃棄処分になってもいいなんて言わないで。死んだらもう二度と会えないんだよ」
ユキの真剣な眼差しに、朝陽は「うん。ごめん」と俯いた。
「いいの! また世間話しようね。私、そろそろ帰らないと!」
ユキは立ち上がった。光を反射して左耳の小さなイヤリングがきらりと光る。
「じゃあね!」と言い残し、走り去ってしまった。
外見年齢にそぐわないあの元気なふるまいを、ユキの現相棒はどう思っているのだろう。背中を見送っていると、自然と朝陽の口角が上がった。




