【白でも黒でもない】10
『鈴』
真夜中の真っ暗なリビングで、朝陽は休眠状態の鈴に直接通信で声をかけ、起動させた。
『朝陽様』
鈴はすぐに目を開き、朝陽をまっすぐ見た。
朝陽は聴覚感度を上げ、藍美と直輝の寝息を聞いた。二人とも完全に就寝していることを確認して、鈴に本題を切り出した。
『あれは、いつものことか』
『あれ、とは?』
『お前、直輝に性処理を強要されているだろう』
鈴は返事をしない。朝陽は言葉を重ねた。
『とぼけなくていい。直輝には言わない。本当のことを教えてくれ』
『家事専用機械の、職務の一部です』
『直輝が、そう言ったのか』
『はい」
朝陽は直輝の寝室を睨んだ。すぐに鈴に視線を戻す。
『それは嘘だ』
『……はい』
『分かっているのか?』
『はい。家事専用機械使用用途一覧に性処理の項目はありません』
『だったら、どうして』
『私は、朝陽様のようになりたいのです』
『僕の?』
『朝陽様は相棒機械でいらっしゃいます。相棒機械は、性行為のお相手もするのでしょう?』
『……まあ、立場によっては』
朝陽はかつての相棒を思い出した。かつての機体を抱き、そして「愛してる」と呟いた男のことだ。感傷に浸りそうな自分を戒め、すぐに思考を切り替えて、鈴の話に集中する。
『私にはまだ、それが許されていません。けれどご主人様を喜ばせたいと思う気持ちは持っています。「ありがとう」と言ってもらえるときが、私の幸せなときです』
『でも、本来は良くないことだ。直輝には藍美がいる。分かるか』
『藍美様の性処理のお相手もすべきだと?』
『そうじゃない。そういうことじゃないんだ』
朝陽は額に手を当てて、もう片方の手のひらを鈴の方に見せた。
『直輝が性処理を望む相手は本来藍美だ。人間はそういうものだ。結婚して夫婦になると、配偶者以外に継続的な性処理を求めることは咎められる』
『どうしてですか』
『人間にとって性行為は、本来子孫を残す為のものだ』
『はい』
『だから、人生を共にする相手と行うべき行為なんだ。分かるか』
『お言葉ですが、私は直輝様の子孫を残すような行為は行っていません。口内で直輝様の』
『言わなくていい』
朝陽は鈴の言葉を遮った。
『言わなくていい。ごめん。うまく説明出来ない。今度、倖田所長にきちんと設定してもらうように言うから』
『……報告されてしまうのですか』
鈴は少し俯いた。
『家事専用機械に性処理をさせるのは規約違反だ。見過ごすわけにはいかない』
『……私は、どうなりますか』
『この職場を離れることにはなるだろうな』
朝陽は言いながら少し寂しくなった。この後、鈴はどんな仕事に就くんだろう。もう数年共に過ごしている相手だから、愛着が湧いていないと言えば嘘になる。
『言わないでください』
鈴は頭を下げた。
『お願いします。言わないでください』
すっと体を縮め、土下座をした。
『頭を』
『上げません。言わないと言っていただけるまで』
『ぼくが言わなくてもそのうちバレる』
『だとしても、それまではここにいたいです。私は直輝様に喜んでいただきたくて、好きでやっているのです。直輝様は優しく、こんな機械のことを「可愛い」と言ってくださいます。「お前じゃないと」と言ってくださいます。私はここで尽くせることが幸せなのです。どうかその幸せを奪わないでください』
悲痛な鈴の叫びに、朝陽は言葉を失った。その想いに共感する部分もあれば、だからこそ否定したい気持ちもある。
『……人間は勝手だから、そういう甘い言葉を言ってぼくたちを惑わす』
鈴は返事をしない。床に頭を付けたまま動かない。
『そんなことを言っていても次の日には忘れて暴力を振るったり、先に死んだり、別の誰かを選んだりするもんだよ』
朝陽は言いながら、鈴から目を逸らした。
『それでもいいです。私は今、直輝様の傍にいられることが、お役に立てることが幸せなのです』
鈴の言葉は力強かった。朝陽は自分の胸のあたりを押さえ、「……勝手にしろ」と呟いて自室に帰った。後ろから鈴の「ありがとうございます」という声が聞こえてきたが、振り返ることはしなかった。




