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【白でも黒でもない】9

 二歳になり、朝陽の行動の自由は少しだけ増えた。

 それでも自分の理想通りに発話することや、身体動作をすることは叶わず、鈴や藍美の手を借りて日々を送っていた。

 直輝と藍美は喧嘩はしないが互いに興味もない、という調子で暮らしている。

 今では同日に行われる面談すら一緒に行くことはしない。

 朝陽はその関係に違和感を覚えつつも、自身の生活もままならない身ではどうすることも出来なかった。

 どうしても会話が必要な時、二人は鈴を介入させた。「これ、伝えといて」、「言っておけ」と言われた鈴は、頼まれた通りに伝言した。

 明らかに家事専用機械(メイドロボット)の所掌業務を超えているが、朝陽が心配しても相変わらず「役に立てて嬉しいです」と言うばかりだった。朝陽はそのうち「そういうものだ」とその環境に慣れた。

 朝陽と藍美の関係は良好だった。

 一緒に出掛けても、家にいるときも、藍美は何枚も朝陽の写真を撮る。昨日も今日も変わらぬ自分を撮らせるのは申し訳なくて、朝陽はなるべくいろんなポーズを取った。藍美が喜ぶとほっとした。

 朝陽が成長したことに伴い、藍美は一人で外出するようになった。

「お留守番、お願いね」と朝陽の頭を撫で、鈴に頼んで出かける先は、美容院であることが多い。

 藍美は週に一度は美容院に行く。主にカットを依頼し、前髪は必ず切る。ほんの数ミリ伸びただけでも気に入らないほど、藍美は自身の見た目に気を使っている。

 ネイルサロンが併設されているので、そちらも頻繁に利用している。

 以前は朝陽も同行していたが、特にやることがなくて暇だった。家より娯楽の選択肢が少ないので、時間を潰すのに苦労した。

 だから藍美から「朝陽はお留守番ね」と言われてすぐ頷いた。たまには一人で過ごしたいのだろう。「いい子にしててね」と言われて「はーい」と返事をした。

 藍美は弾むような足取りで出かけて行った。

 これで藍美が帰ってくるまで、朝陽は自由だ。

 書斎から顔を出さない直輝を避けて、朝陽の部屋として割り当てられている部屋に籠った。

 机の上にはタブレットが置かれている。タブレットを手に取り、動画を見た。

 隣の部屋の直輝の迷惑にならないよう、音量は最小限だ。

 未来から来た機械(ロボット)が、少年とその友達と一緒に列車で宇宙に出る映画だった。無言で画面に見入っているうちにあっという間に視聴を終えた。

 次の話を見ようとタブレットを操作していると、直輝が書斎から出る扉の音がした。

 朝陽は部屋の扉に目をやったが、足音はすぐに通り過ぎていく。どうやら朝陽に用事はないらしい。もしくは朝陽がいることに気付いていないのかもしれない。

 朝陽は聴覚感度を上げて(耳を澄まして)、廊下側の壁に耳をつけた。直輝の生活音や音声を拾う。

 どうやら早めの昼食を摂るようだと鈴との会話で察した。鈴の移動音(足音)やキッチンからの音が聞こえた。やや遠いので、音声を拾うのに苦労した。朝陽は音を立てないように扉を少し開けた。

「お待たせしました」

 鈴の声が聞こえる。直輝は「うん」と言い食事を始めた。朝陽が聞いていることに、直輝は気付いていないようだ。

「あれは?」

 何かを咀嚼しながら、直輝は鈴に問う。鈴は「出かけられました」と答えた。

「どこに?」

「美容院だと伺っております」

「相変わらずあいつが気にするのは世間体と見た目だけだな」

 直輝ははん、と鼻を鳴らし、食事を続けた。

「ありがとう」

 直輝がナイフとフォークを置いた音がした。

「美味かったよ」

 朝陽が今まで聞いたことのない優しい声で、直輝は鈴に言った。鈴は「ありがとうございます」といつも通りの声色で返事をしている。

「鈴」

 直輝が鈴を呼んだ。鈴は「はい」と言った。数歩歩いた音がする。恐らく直輝に近付いたのだろう。

 かちゃかちゃという音がして、すぐにジーっと音がした。何だろうと思っていると、直輝の声が聞こえた。

「……鈴」

 直輝の声は何かを堪えるようだった。鈴は返事をしない。

「ああ、鈴」

 直輝の声は苦しそうだった。朝陽はまさか、と思うがその場から動くわけにもいかず、ただ黙って音を聞く。

 かたかた、と揺れる音が数分続いた。

「鈴、うまいぞ」と言った直後、「う」直輝は余裕のない声を出した。荒い直輝の息遣いが聞こえてくる。

「鈴」

「はい」

「誰にもこのことは言うなよ」

「分かりました」

 じー、という音がした。直輝がズボンを履き終えたのだろう。もう先ほどの余裕のない声色ではない。いつもの冷たい口調に戻っていた。

「もし言ったら?」

廃棄処分(スクラップ)にされるんですよね。もちろん、言いません」

「いい子だ」

 数秒の間があった。朝陽の指先が震えている。

「珈琲を入れてきてくれ」と言い残し、直輝が立ち上がった音がした。朝陽は慌てて自室の扉を静かに閉めた。すぐに直輝が部屋の前を通り過ぎる音がする。

 朝陽は手のひらで目のあたりを覆い、視界を暗くした。それから深く溜息を吐いた。


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