【白でも黒でもない】2
「手短に頼む」
野々村の前に表れた今回の治験者、家藤直輝は開口一番そう言った。
身体のラインに添った細身のスーツを着て、大きな文字盤の時計を袖から覗かせている。四角い眼鏡のふちをくい、と指で押し上げた。
「時間を無駄にするのが嫌いなんでね」
パイプ椅子に腰掛けてふんぞり返り、足を組んだ。急に体重をかけられた椅子がぎし、と悲鳴を上げる。
「そうですか。それでは早速本題に入らせていただきます」
野々村は手元にあるタブレット二台のうち一台を、机を挟んだ向かいに座る直輝の方へと手で差し出した。直輝は動かず、隣に座った妻の藍美が少しだけ体を前にかがめ、手を伸ばして受け取った。
「ご覧ください」
机と椅子だけの部屋に、野々村の声が反響する。
ここは倖田研究所の応接室だが、机と椅子しかない素っ気ない部屋だった。
直輝は足を組んだまま、藍美の差し出したタブレットを受け取り、画面に目を通す。
「ふうん」
直輝はタブレットを操作し、次のページの内容を目で追った。一応、読んではいるようだと野々村は安堵した。
「事前に要望を出しておいた、家事専用機械の話はどうなっているかな」
読み終えないうちに、直輝は顔を上げて野々村に尋ねた。
「それはもちろん」
野々村は頷いた。
「最後まで読んでいただければ、書いてありますよ」
野々村の返事を聞き、直輝は面白くなさそうに再度タブレットに目を落とした。藍美は隣から覗き込むように直輝の手元のタブレットを見てはいるが、言葉を発することはない。
「さて」
直輝がタブレットから目を離し、野々村の方を見た。
「藍美の妊娠の件だが」
直輝の言葉に、藍美は身体をびくりとさせて俯いた。
「端的に説明してくれ」
野々村は「はい」と言って手元のタブレットに触れる。
「お二人の間に子供が生まれない、だから機械で代用しようと言うお話ですね」
「君」
不機嫌な顔で直輝が野々村の言葉を遮る。
「いくら何でも失礼だな。もう少し言葉を選んでくれ」
野々村は藍美の方を見る。藍美は先ほどよりも体を縮めていて、自分の膝の上をじっと見ている。よく見るとその肩は震えていた。
「これは失礼しました」
野々村が藍美の方に言うと、藍美は首を横に振って「いいんです。事実ですから」と消え入りそうな声で言った。
野々村は「では」と仕切り直した。直輝が舌打ちをした音が聞こえたが、聞こえなかったふりをした。




