【あなたと私】17
泣き疲れて眠ってしまった楓子の目に溜まった涙をそっと拭い、しばらくその寝顔を見つめた。静かに立ち上がり、寝室を出た。
『話をしないか』
直接通信が届く。相手は樹だった。
音を立てないように玄関を出て、隣の部屋のインターフォンを鳴らす。樹が無言で扉を開けた。
「どうだった?」
樹はダイニングの椅子に腰掛けながら尋ねた。悠真も向かいの椅子に座る。
「うーん。まだ分からない」
悠真はそう言いながら、共有情報で先ほどの映像を樹に送る。樹が映像を見ている間、二人は無言だった。
「足りないな」
「僕の精一杯なんだけど」
「……だろうな」
樹は頷き、諭すように「でも、あいつの欲しい言葉じゃない」と続けた。
「分かった風な口を聞くな!」
悠真は樹を睨んだ。
「楓子のことを一番分かっているのは僕だ!」
「じゃあ、目を逸らすなよ」
樹は悠真を睨み返す。
「楓子は聞き分けも良くない。嘘も吐く。隠し事もする」
「やめろ」
「それも含めて楓子だ」
悠真は樹を睨んだまま、ゆっくりと告げた。
「……僕は、楓子を守る」
「出来るのか? お前に」
数秒の沈黙。
「僕から楓子を奪うつもりか」
「そんなつもりはない。……今はな」
樹が目を細めた。
「でも、楓子が俺を選ぶなら、俺は退かない」
「なんだと」
「失いたくないなら、選ばれてみせろよ」
悠真が口を開こうとしたとき、玄関からがちゃりと音がした。
「あれ。悠真」
このみが立っていた。樹は悠真から目を逸らし、椅子に深く座り直した。
「どうしたの。こんな遅くに」
このみは穏やかに笑った。悠真は首を横に振る。
「怒られたか」
樹がからかうような口調で問う。
「怖かった」
このみは頷き、共有情報で悠真と樹に映像を送った。
「三か月か」
樹が呟く。
「急がないとな」
悠真のポケットに入っていたスマートフォンが震えた。内容を確認する。楓子からのメッセージだった。
『どこにいるの?』
『隣にいるよ』と返信した。
楓子はこの部屋を訪ねてくるだろうか。それとも帰宅した方がいいか。悠真は悩んだが、少し待つことにした。
まだ、このみに確認したいことがある。
「楓子から何か聞いた?」
このみははっとした顔をして、悠真から視線を逸らした。
スマートフォンが再び震えた。楓子からの返信だ。
『あたし抜きで内緒の話?』
『隠してることなんか何もないよ。楓子を起こすの、申し訳なくて』
やり取りを終え、このみを見る。このみは苦しそうな顔をしていた。
「……言えません」
「どうして?」
「約束だから」
悠真は焦り、「いいから」と言いかけた。しかし先に樹が「それでいいのか」と割って入った。
「仕事に差し支えるぞ」
このみはぐ、と唇を噛んだ。
「それでも、言えません」
小さく息を吸う。
「友達なので」
スマートフォンが震えた。
『あたしが全部悪いんだよね。あたしなんか、消えちゃえばいいんだよね。ばいばい』
メッセージを見た瞬間、悠真は立ち上がった。違和感を感じ、聴覚感度を上げる。
「変だ。水音が聞こえる」
「え? 楓子は」
このみの声にかぶせるように、樹が「寝てるはずだろう」と言う。
悠真は走った。裸足のまま玄関を飛び出し、鍵を回し、扉を開く。
「楓子!」
叫ぶ悠真の後に、樹とこのみも続く。水音は浴室から聞こえてくる。
「楓子!」
どんどんと扉をたたき、悠真はもう一度「楓子! 開けて!」と叫ぶ。水音は一定のままで、変化はない。
「どけ」
樹が扉に体当たりをする。どん、と衝撃で少し扉が揺れた。しかし、開かない。
「二人でやろう」
悠真と樹は顔を見合わせて頷き、「せーの」と扉に体当たりをした。破壊音がして、扉は開いた。
「楓子!」
浴室へ駆け込む。目に入ったのは赤色。床を伝う水。浴槽の中に、目を閉じた楓子がいた。
楓子の腕を掴んだ。ぬるりと滑って、浴槽に落ちた。悠真は必死にまたその腕を掴む。
「楓子!」
悠真の叫び声が浴室に響く。




