【あなたと私】13
楓子に誘われて、二人で海沿いの公園に行った。
悠真が一緒ではない理由に、楓子は触れなかった。このみも聞かなかった。
楓子がパシャパシャと海辺の写真をスマートフォンで撮る姿を、このみはしばらく黙って見ていた。
「綺麗だよねえ」
うっとりと楓子が言った。
「そうだねえ」
目を細めてこのみが言った。海風が頬を撫でる。
「あのさあ」
楓子はしゃがんだり立ったり角度を変えたりしながら、朝陽を浴びてきらきらと光る海を何枚も撮る。
「うん」
このみは動く度にさらさらと光る楓子の黒髪を見る。
「私に樹を譲ってくれない?」
「え」
ごく普通の口調だったが、聞き流せる内容ではなかった。楓子はスマートフォンを下ろして、このみの方を向く。口元は少し笑っている。
「別に、このみは樹じゃなくてもいいんでしょ。悠真はどう? 優しいし、なんでもしてくれるよ」
「確かに悠真は優しいけど、それは」
楓子のことが大切だから、と言いかけた言葉は楓子の「じゃあ」と言う言葉に遮られる。
「いいじゃん。お似合いだよ。悠真とこのみ。樹と喧嘩もしてるんでしょ? やっぱりそれって相性が悪いってことなんじゃないの?」
確かに、ここ数日、このみと樹の関係性は良好とは言い難い。
樹が怒っていることは分かる。だが、どうしたら許してくれるのかは分からない。謝っても、「理由も分からないのに頭だけ下げるな」と言われてしまえばもう何も言えない。
「でも」
このみは考えた。
自分の仕事は悠真と楓子の関係を良好に保つこと。そして楓子の治験者としての生活をなるべく幸福なものとすることだ。
「そしたら、楓子は悠真とは一緒に暮らせなくなっちゃうよ。悠真はあんなに楓子のことを大事にしてくれるのに」
「だから」
楓子は言いかけて「まあ」と自分で話を遮った。
「とりあえず座って話しようよ」
楓子に促されるまま、このみは楓子と並んでベンチに座った。楓子は真剣な顔をして「これからする話は」と言った。
「このみとあたしだけの秘密だよ。絶対に誰にも言わないって約束して」
このみは頷いた。楓子の次の言葉を緊張して待つ。
「悠真はさ、あたしのこと本当に大事にしてくれるよ。それは分かってる。でもさ、それって、そういう風に設定されたからってだけじゃないかな。だって悠真って機械だし。最近そういう風に思っちゃう」
楓子は足をぶらぶらさせて、足元の砂を掻く。
「なんかさ、悠真の好きになる相手はさ、あたしじゃなくても良かったんだよ。たまたま、あたしの相棒になっただけ。たまたまそのとき、治験者にあたしが選ばれただけ。ただのタイミングの問題で、あたしは悠真に選ばれたわけじゃない」
このみは何も言わず、楓子の話を聞く。楓子は寂しそうな笑みを浮かべた。
「悠真の外見はさ、あたしの大好きだった元彼をモデルにしてもらったんだ。本当にそっくりで、最初は本人かと思った。ねえこのみは、ここに来るとき樹の外見、指定した? 誰かこのみの思い出の人がモデルになってたりする?」
「私は特に指定してない」
「やっぱり。多分そうだろうなって思ってた」
楓子は何度も頷いた。
「でもそれって正解かも。外見が一緒だとさ、どうしても比べちゃう。あたし前に、元彼に振られた話、したじゃん」
このみは頷く。人工知能でそのときの映像を再生する。
十四歳で元恋人の子を妊娠し、結婚を望んだが、彼は音信不通になった。再会したときには冷たく突き放され、家にも学校にも居場所を失い、この治験場に来たと寂しそうに、でも笑いながら語った楓子の顔。
「最初はコウともう一度やり直したいって思ってた。だけど悠真は全然コウとは違ってる。コウはあんなにあたしのわがまま聞いてくれたりしないし、むしろ馬鹿にして、いっつも怒ってて、喧嘩ばっかりで」
懐かしそうに目を細める楓子。その目から急にぽろりと涙が零れる。
「だけど好きだったの。大好きだったの。まだ忘れられないの」
このみはポケットからハンドタオルを取り出して差し出す。楓子は受け取って、ハンドタオルを目に押し当てる。
「悠真のこと、好きにならなきゃいけないって分かってる。悠真はあたしの為に作られた機械だから。でも悠真とあたしの関係って、彼氏彼女じゃないんだよ。なんか、主従関係なの。どんなにわがままを言っても、悠真はあたしのこと叱ってくれないし、全部受け入れてくれちゃう。それが辛いの」
楓子はずず、と鼻をすする。ハンドタオルを目から離す。楓子の目は真っ赤だ。
「あたしは樹みたいな人が良かった。コウの中身はむしろ樹に似てた。樹よりもわがままで勝手で、本当に自己中心的なやつだったけど、それが良かった。向こうがわがままだから、あたしもわがまま言ってやろって思えた。逆に好きだから、このままじゃいけない、変わらなきゃって思うこともあった」
このみはぎゅ、と唇を噛み締める。
「悠真にはそういう風に思うことない。あたし、悠真に嫌われる要素しかないの。でも悠真は全部好きって言う。なんか本当に虚しいの。そんなはずないの。だからいつも空回りしてる気になるの」
楓子はハンドタオルを膝に置き、両手でこのみの手を取った。
「だから、あたしに樹を譲ってよ」




