【あなたと私】9
ここ数日、樹の反応がおかしかった。
ずっと黙り込んでいて、話しかけても返答がないことが多い。
どうしてなのかは分からない。聞いても「別に何もおかしくない」と否定するし、「嘘だ」と言えば「うるさい」と言って黙り込んでしまう。
「何か悩んでいるなら聞かせてください」
このみは頭を下げた。だが樹は「俺に媚びるな」と吐き捨てるように言った。目を伏せ、苦しそうな顔をしていた。しばし沈黙が流れた。先に樹が口を開いた。
「……うまく説明出来ないんだ」
このみが返事を迷っていると、「お前が悪いんじゃない」と長い溜め息を吐いた。そして低い声で「少し放っておいてくれ」と続けた。
諦めて樹を残して外に出た。一人で外に出るのは久しぶりだった。
行くあてもなく、海の方へ歩いた。
海沿いに望遠鏡のある小さな公園がある。中央にブランコがぽつんと置かれているが、使われているのを見たことはない。
ベンチに座り、空を見上げた。どんよりとした灰色の雲に覆われていて、今にも雨が降り出しそうだった。
任務遂行ログの更新通知が未確認のままだった。確認済み処理をして、また灰色の空に意識を戻す。
少し、とはどれくらいだろうか。
このみの感じる少しの時間と、樹の感じる少しの時間の尺度は違うかもしれない。でもきっとそれを尋ねようとすると、樹は「自分で考えろ」とこのみを突き放す。
樹はいつもこのみの意見を尋ねる。
「お前ならどうする」、「お前はどっちがいい」、「お前の意見はどうなんだ」。
すべての問いに答えるのは大変だ。
このみは機械であるから、基本的には人間の意見を尊重し、受け入れるように作られている。「どっちでもいいですよ」という答えがまず浮かぶ。
でも、それでは樹は満足しない。「考えろ」と樹は言う。その理由も教えてくれない。
樹と会ってからこのみはずっと何かしらを考えさせられている。
ぽつり、とこのみの頭に水滴が当たった。
とうとう降り出した。
傘も持っていないので、このみは走って自宅アパートまで戻る。少し濡れた髪に触れながら階段を上り、廊下を歩いているところで悠真から共有情報で音声付きの映像が送られてきた。立ち止まり、すぐに再生する。




