【あなたと私】8
「映画を観たい」という楓子の要望で、遊戯施設に入った映画館で、恋愛映画のチケットを買った。さほど広くない通路を進み、指定した座席を目指す。ほとんどの座席に、誰も座っていなかった。
「このみ、端の広い席の方がいいんじゃない」と楓子が言ったので、このみ、樹、楓子、悠真の順に並んで座った。部屋が暗くなり、スクリーンに映像が映し出される。
映画は、思いを伝えられない男女がすれ違いながらも互いを想い続け、やがて結ばれると言う王道の恋愛物語だった。
樹は入る前からあからさまに興味がないという態度で、隣で上映しているカーチェイスアクションの映画を見たがっていたし、このみは「恋愛映画観るの初めて」と興奮していた。
悠真も恋愛映画を映画館で観るのは初めてだが、家でいくつも楓子と見ていたから、特に抵抗はなかった。ヒロインの細かな動作から感情を読み取ることに集中していたら、いつの間にか話は進んでいた。
「でも、私、あの人のこと」
ヒロインが涙ながらに自身の感情を認める場面で、異変は起こった。
楓子の心音が大きくなったのを聴覚で感知した悠真は、隣に視線を送る。楓子の左手が、樹の右手に触れていた。
「なんだよ」
小声で樹が楓子に囁く。楓子は「あ。ごめん。間違えた」と言ってぱっと手を離した。樹はそれ以上何も言わなかった。
「間違えた」と言った楓子の台詞に、悠真は違和感を感じた。
悠真が思考している隙に、映画はまた進んでいく。
端正な顔立ちの男性俳優がヒロインの若手女優を抱き締めたとき、楓子がずず、と鼻をすすった音がした。泣いているのだろうか、と見てみると、涙は出ていない。けれどしきりにハンカチを目元に当てている。
「うおお」
小さく呟くこのみの声が聞こえた。
興奮しているようだ、と悠真がそちらを窺うと、拳を握り締めてぷるぷると震えている。このみは、先ほどの接触に気付いていないのだろうか。
『先ほど、楓子が樹の手を握っていました。気付いていましたか』
悠真はこのみに直接通信でメッセージを送った。
『気付いていました。間違えたようですね』
このみから返って来たのんきな文面に、悠真は驚いた。このみはなんの違和感も抱いていないのだろうか。
『それより、この映画めっちゃいいですね』
通信で送る必要のないメッセージが届いたので、直接通信を遮断した。
楓子の方に視線を送ると、映画を観ながら横目で樹を窺っていた。
樹は両手を自分の膝の上で組み、俯いて目を閉じていた。
楓子は「はあ」と溜息を吐き、それから悠真に顔を傾け「ねえ」と催促した。悠真は楓子の顎を少しだけ上にあげると、自身の唇を楓子の唇と合わせた。
「ふふ」と満足げに笑う楓子が映画に視線を戻す。
主演の二人が囁き合い、幸せな未来を期待させるような演出が続いている。
横目で確認すると、樹は先ほどみた姿勢のまま静止していた。このみの「あわわ」という小さな声が聞こえた。
悠真は楓子の右手に自身の左手を重ね、ぎゅ、と握った。
スクリーンでは、永遠の愛が誓われていた。




