最善手を探す
それは偶然の産物だった。
携帯のカメラロールの中にたまたま収まっていた、手。右手の写真。いつどこでどうやって撮ったのかも記憶にない。おそらくはたまたま起動してしまったカメラが遺した何か。
プロパティにある撮影時間と己の記憶を頼りに、場所はある程度絞ることができた。
何故場所を絞る必要があったのかって?
それは俺がその「手」に一目惚れしたからに他ならない。
世の中には多種多様な嗜好がある。といっても自分自身にそんなものがあるとは思ってもみなかった。手フェチか。意識してみると普段から話している人の顔よりも手に目がいっているような気がしてきた。
それで、まあ、自分が手フェチなのだと認めたとして。はたして顔も何も知らない人間の手に一目惚れするなんてことが有り得るのだろうか。
……悩んだところでどうしようもない。
スマホの中の「手」をよくよく観察する。あまり日に焼けていない。おそらく滑らかな肌をしていて、年齢も若そうな気がする。俺とあまり変わらないかも、と思うのは希望的観測にすぎないか。
指はスラリと長いけれど少し骨ばっている。若い男性の手のように見えるが、実際のところはわからない。
「手」の持ち主を夢想する。
推理の通り男だったとして、そこまで問題には思えない。今まで女性としか付き合ったことがなかったが、手フェチなのだと自覚してしまえば「そういうこともあるだろう」と納得できた。
顔も年齢も性格も背格好も何も知らないのに一目惚れだとほざくのだから、やはり性別なんて些細なものだろう。美しい指の持ち主が、醜男ではないという保証はない。
さて、顔の美醜によって俺の恋心は揺らぐのだろうか。
浮き上がった骨を想像の中で撫でる。くすぐったさにぺちりと叩かれるかもしれない。骨と透き通った血管がセクシーで、じっと見つめているといけないものを見ているような気分になる。
爪の形も好みだ。短く切り揃えられて清潔感がある。親指の爪だけが幅広く、他の爪は縦に長い。スラリと伸びた指に良く似合う。
画面には手の甲しか見えないので手相もわからない。見えたところで占いなんてしないけれど、手がかりは一つでも多い方が良い。
よくよく観察してみれば、親指の付け根のところに黒子を発見した。
これはなかなかに愛らしい特徴と言えるだろう。が、やはり手がかりが少ない。
画面の中の「手」は溜息を吐くほどに美しい。
けれど、その持ち主がどんな人間なのかは全くわからない。
どんなに顔が良くても悪くてもごくごく普通でも、結局のところその手に夢中なのだから、顔面については問題ないのかもしれない。
だが性格はどうだろう。ワガママな王様……だったら、意外と大丈夫かもしれない。俺は尽くすタイプだ。
けれど、「手」なんてどうでもいいと思ってしまうくらい壊滅的に性格が合わなかったら?
……俺は、その「手」を諦めることができるのだろうか。
そんな思いもあって、俺は手の持ち主を見つけるのが怖かった。 理想の手を見つけたと同時に失ってしまう未来を想像しては胸が苦しくなった。
ただただ、幸福な想像をする。
たとえば頭を撫でられたら、幸せすぎて溶けてしまうんじゃないか。
手を繋いで歩きたいと言ったら嫌がるだろうか。手の大きさはわからないが、俺とあまり変わらないような気がする。指と指を絡める想像をしたらそれだけで心臓がはち切れそうだ。
俺の手汗が「手」を湿らせてしまいそうで、それはなんだかエロいような……いや、もし向こうもこちらを意識してくれたら、どうなる? 白い手がほんのりと朱に染まる妄想は目眩がしそうになった。
必死に「手」の持ち主を探しながらも、ずっと恐怖のようなものが頭の片隅にこびり付いてる。
こんなに愛しているのに、それが壊されてしまうことが怖い。勝手に裏切られた気持ちになることが怖い。
「手」を見つけたいと思う一方で、永遠に見つからなければとも思っていた。
夢から覚める時が来るのが怖かった。
それから、執念で探し続け、ついに「手」を見つけた。
やはり同年代の男子学生だったが、髪色が青でそれに驚いた。しかしそれも些細なことだ。名前も年齢も通っている学校もわからなかったが、どうでもいい。
「手」以外の要素は全てどうでもよく、むしろ全てが「手」の素晴らしさを台無しにするような最悪さだった。が、それも今となってはどうでも良かった。
美しい「手」の黒子に口付ける。
想像していたよりずっと幸福な気持ちだ。
余計なものは全て捨てた。あとは、この美しい「手」をどうやって保ち続けるかを考えよう。




