きっかけはオルゴール(好事百景【川淵】出張版 第十八i景【オルゴール】)
オルゴール好きです。
軽くて薄いのに、高い防音性をもった画期的な新素材を開発した岡木博士は、新聞社からの科学技術賞の受賞インタビューを受けていた。
「それで、この素材を開発したきっかけというのはいったいどういうものだったんでしょうか?」
眼鏡の似合う美人記者にマイクを向けられて、気をよくした博士は、ごそりと小さな箱を取り出す。
「じつは、これをつくってくれと孫に頼まれましてね」
それは、こどものおもちゃのようなオルゴールだった。
「孫のつくった歌が流れるオルゴールを自作しようのしたのですが、ひとつ、わしにもわからない仕組みがありまして」
そう言って博士が蓋をあけると、オルゴールから調子はずれのメロディが聞こえはじめる。
「……とてもいい音で、鳴っていると思いますが?」
つっかえることなく鳴りつづけるオルゴールに、記者は不思議な顔をするが、博士はそれに困った表情で答えた。
「ええ。音楽を鳴らす仕組みは簡単でした。
でもね、蓋を閉じたら鳴りやんで、蓋を開けたとたんに鳴り始める仕組みが、どうにもうまくいかず……」
博士が蓋を閉めると、メロディは聞こえなくなる。
「ちゃんと鳴りやんでいるじゃないですか。
完璧なオルゴールですよ!
これと今回発表された防音素材とどんな関係が?
……まさか?!」
なにかに気づいてしまった記者に、そのとおりだとでも返事するように、博士はゆっくり深くうなずいた。
「じつは、鳴りやんでおらんのです。
まあ、発想の転換ですな」
そう言うと、オルゴールの箱を崩して、その壁の断面を見せてくれた。構造を見ると例の防音素材でつくられたものであることは、資料を見ていた記者には理解できたようだ。
「蓋を閉めても鳴りやまないのなら、ずうっと鳴りっぱなしでもかまわない。
箱が優れた防音素材でできていて、蓋を閉めていたら、中から流れる音楽がまったく聞こえなくなるのであれば。まるで、蓋を開けたとたんに鳴り始めたように聞こえるでしょうな」
つまり、音楽は鳴りやんでいたのではない。
蓋を開けるまでは、聞こえなかっただけなのだ。
孫に頼まれたオルゴールがうまくつくれなかったため、意地になって開発したのが、この画期的な防音素材。
天才とはかくもいびつで、ぶっ飛んだものなのかと、眼鏡の美人記者は重い頭をかかえて、記事をまとめるべく新聞社へ帰るのだった。




