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第7話 商売繁盛!

 朝日が、店の窓を照らした。


「おはよー!」


 ミナが、元気に飛び込んでくる。

 尻尾がぶんぶん揺れている。


「おはよう、ミナ」


「今日も頑張るぞー!」


 ミナが、拳を突き上げた。

 その時――

 カランッ


「おはようございますにゃ♡」


 優雅に入ってくるしなやかな影。

 リーネじゃないか、昨日来た猫族の。

 猫耳が、ぴょこりと動いた。


「……早いね、猫。まだ開店前だよ!」


「あら、犬さんこそ早起きですにゃ」


「だから狼!」


 二人の耳が、ぴんと立つ。


(……朝からこれか)


 俺は、苦笑いした。


「二人とも、仲良くな」


「「はーい」」


 返事は揃っているのに、目は合わせない。


「じゃあ、開店準備しようか」


「はい!」


 ミナが、箒を持ってくる。


「リーネも手伝いますにゃ」


「いや、君はお客では?」


「固いこといいっこなしにゃ! リーネはお役にたつ猫ですにゃん!」


 言いながら手を前にひょいとと上げ、小首を傾げる。

 あ、あざとい! あざと可愛い!


 ――と、ぶん、とリーネに向かって雑巾が飛んでくる。

 ぱしりとそれを受け取るリーネ。反射神経いいな!


 見るとリーネが、投げ終わったポーズをとってる。


「それじゃ、拭き掃除手伝え、猫!」


「はーいですにゃ~ん」


 二人は――競うように、掃除を始める。


「ここ、もっと拭いて!」


「わかってますにゃ」


「そこ、ゴミ残ってる!」


「見えてますにゃ」


 ぴりぴりとした空気。

 でも――店は、あっという間に綺麗になった。


「……息、合ってるな」


「「え?」」


 二人が、同時に振り返る。


「いや、なんでもない」


 俺は、笑った。

 そして――開店の時刻。

 カランッ


「おはようございます!」


 客が、入ってきた。

 熊族の男性だ。

 体格は良いが、どこか辛そうな表情をしている。


「噂を聞いて来たんだ。腰が……もう何年も痛くてな」


「わかりました。どうぞ」


 施術台を案内する。


「失礼します」


 手を、男性の背中に当てる。

 ビリッ

 霊体が、視える。


「……これは」


 光の層が――深く、深く傷ついていた。

 長年の肉体労働が、魂にまで刻まれている。


「かなり、溜まってますね」


「ああ……もう、諦めてたんだ」


「大丈夫。必ず、楽にしますから」


 俺は、ゆっくりと手を動かす。

 霊体の深い傷に――意識を向ける。

 優しく、撫でるように――


「……っ」


 男性の身体が、震えた。


「あ……ああ……」


「大丈夫ですか?」


「これ……何だ……温かい……」


 男性の声が、震えている。

 光が、溢れ始めた。

 男性の霊体から、光が伸び、身体を包み込む。

 彼を覆っていた長年の疲労が――消えていく。


「あ……ああああ……」


 男性の目から、涙が溢れた。


「何年ぶりだ……こんなに……楽なの……」


「……」


 俺は、黙って施術を続ける。

 どれくらい時間が経っただろう。


「……終わりました」


 手を離すと、男性がゆっくりと起き上がった。


「……嘘だろ」


 男性が、自分の腰に手を当てる。


「痛く……ない……」


「よかった」


「ありがとう……!」


 男性が、俺の手を握りしめる。


「本当に……本当に、ありがとう……!」


 その涙を見て――

 俺の胸も、温かくなった。


(……ああ、これだ)


(これが、俺の求めていたものだ)


 誰かの痛みを、癒やすこと。

 誰かの笑顔を、取り戻すこと。

 それが――俺の、生きる意味だ。


 礼を言って去って行く熊獣人の男性からミナが料金を徴収している。料金設定については、マーサさんの知恵を借りている。


 カランッ、カランッ、カランッ。

 次々と、客が来た。


「私もお願いします!」


「俺も!」


「噂通りだ……本当に効く……!」


 気づけば――店の外まで、行列ができていた。


「す、すごい……」


 ミナが、呆然としている。


「これは……嬉しい悲鳴ですにゃ」


 リーネも、目を丸くした。


「……頑張るか」


 俺は、袖をまくった。

 施術が、続く。

 一人、また一人。

 それぞれの痛みを、それぞれの疲れを――

 丁寧に、癒やしていく。


「ありがとう、癒やし手さん!」


「本当に助かりました!」


「また来ます!」


 客たちが――笑顔で帰っていく。

 その笑顔を見るたびに――

 胸が、温かくなった。


「ユージ、お水!」


 ミナが、コップを差し出す。


「ありがとう」


「ユージさん、タオルですにゃ」


 リーネが、タオルを渡してくれる。


「ああ、助かる」


 二人が――俺の世話を焼いてくれる。


「次の方、どうぞ!」


 ミナが、元気に声をかける。


「こちらへどうぞですにゃ」


 リーネが、客を案内する。

 二人とも――立派な看板娘だ。


 夕方。

 最後の客を見送って――

 俺は、椅子に座り込んだ。


「……疲れた」


「お疲れ様!」


 ミナが、駆け寄ってくる。


「ユージさん、本当にお疲れ様ですにゃ」


 リーネも、微笑む。


「……二人とも、ありがとうな」


「えへへ」


「どういたしましてですにゃ」


 その時――


「あの……ユージさん」

 リーネが、もじもじする。


「ん?」


「リーネ……このお店で、働いてもいいですかにゃ?」


「え?」


「ユージさんのそばで……お役に立ちたいんですにゃ」


「ええっ!?」


 ミナが、飛び出してくる。


「なんであんたが!?」


「だって……」


 リーネが、頬を赤らめる。


「リーネ、ユージさんのこと……大好きですにゃ♡」


「なっ……!」


 ミナの顔が、真っ赤になる。


「む、むきーっ!」


「……まあ、忙しいし、助かるかな」


 俺が、苦笑いする。


「やった! ありがとうございますにゃ♡」


「ちょ、ちょっとユージ!?」


 こうして、リーネは――

 ユージ堂の、二人目の看板娘になった。


「えへへ」


「どういたしましてですにゃ」


 その時――


「ユージさん、膝枕しますにゃ♡」


 リーネが、俺の隣に座った。


「え?」


「ほら、こっちに頭を」


「いや、その……」


「あっ、ずるい!」


 ミナが、反対側に座る。


「ユージ、あたしの膝がいい!」


「え、ちょ……」


「「どうぞ♡」」


 二人が、同時に膝をぽんぽん叩く。


(……これは、まずい)


 俺の心臓が、バクバク鳴り始めた。


「いや、その……俺はもう42歳で……」


「関係ないですにゃ」


「そうだよ、ユージ!」


 二人が、俺の両腕を掴む。


「ちょ、待って……!」


 そして――

 気づけば、俺は床に寝かされていた。

 右側に、ミナ。

 左側に、リーネ。

 二人が――俺を挟んでいる。


「「えへへ♡」」


(……やばい)


 心臓が、うるさい。

 ミナの柔らかい感触が、右腕に。

 リーネの柔らかい感触が、左腕に。


(いい年して、何考えてるんだ、俺……!)


 顔が、熱い。


「ユージ、顔赤いよ?」


「そうですにゃ、熱でもありますかにゃ?」


「い、いや……なんでもない……」


 二人が、心配そうに覗き込んでくる。

 その距離が――近い。


(近い、近いって……!)


「じゃあ、冷やしますにゃ」


 リーネが、額に手を当てる。


「あたしも!」


 ミナも、額に手を当てる。

 四つの手が、俺の顔に。


「……っ」


(もう、無理……)


 俺は、目を閉じた。

 しばらく、そのまま。

 二人の温かさが、伝わってくる。

 柔らかい感触。

 優しい匂い。

 幸せだった。


「……ユージ、寝ちゃった?」


「みたいですにゃ」


「……可愛い」


「本当ですにゃ」


 二人の声が、遠くから聞こえる。


(……ああ、この時間が)

(ずっと続けばいいのに)


 そう思いながら――

 俺は、眠りに落ちた。

 どれくらい眠っただろう。


「……ん」


 目を開けると――

 ミナが、俺の肩に寄りかかって寝ていた。


「……zzz」


 リーネも、反対側で眠っている。


「……しょうがないな」


 俺は、そっと二人の頭を撫でた。

 ミナの尻尾が、ゆっくりと揺れる。

 リーネの耳が、ぴくりと動く。


 二人とも――無防備な寝顔。


(……守ってやらないとな)


 そう思った。

 窓の外は――夕焼け。

 街が、黄金色に染まっている。

 看板が、ゆらゆらと揺れている。

 『ユージ堂』の文字が――夕陽に輝いていた。


(……この日々が、続けばいいな)


 そう呟いて――

 俺も、また目を閉じた。

 温かい、幸せな時間。


 元の世界では、あんな風だったのに、ここではこんなに必要とされている。


 この瞬間が――

 永遠に続けばいい。

 そう思った。


<第7話 終>


【次回予告】


「ユージさん、今日もお疲れさまですにゃ♡」

「ユージ、水! ほら、早く飲んで!」

 二人が、競うように世話を焼く。


「ちょ、ちょっと待て、お前ら……!」


 店は今日も大盛況。

 笑顔と喧騒の中で、少しずつ“何か”が変わり始めていた。


――次回

第8話「モテ期到来!?」

おじさん、人生初の“モテ期”が到来する。


 ここまで読んでいただいてありがとうございました。


 よろしければブックマークと評価【☆☆☆☆☆】の方、何卒よろしくお願いします。

 作者が物語を続けていく上でのモチベーションがとてもあがります!

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