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第6話 猫族の少女リーネ

 ――カランッ。


 ドアベルが鳴った。


「え、もう?」


 振り向くと、柔らかな灰銀の髪が陽に揺れている。

 猫の耳が、ぴくりと動いた。


「あの……ここ、癒やし屋さんですかにゃ?」


 猫族の少女だった。

 年はミナより少し上だろうか。

 瞳は淡い琥珀色で、どこかおっとりした雰囲気を纏っている。

 でも――その瞳の奥に、何かを隠しているような。


「ああ、そうだよ。疲れてるのかい?」


「はいにゃ……最近、身体が重くて。動くと、だるくなるんですにゃ」


 ――にゃ? 生まれて初めて語尾ににゃ、とか聞いた!


「……なるほど。じゃあ、診てみようか」


 俺が手で施術台を示すと、少女は小さく会釈して腰かけた。

 猫耳がぴょこりと揺れる。


「緊張しなくていいよ。力を抜いて」


「は、はいにゃ……」


 俺は背後に立ち、そっと背中に手を当てた。

 ビリッ

 霊体に波が走る。

 猫族特有の軽やかな魔力が――どこかで絡まっている。


「……ここが詰まってるね」


 霊体を視ると――光の糸が、複雑に絡まっていた。

 まるで毛糸玉のように。


「痛くない?」


「ちょっと、くすぐったいにゃ……っ!」


 少女の肩がびくんと跳ねた。


 耳がぴんと立ち、尻尾がふわっと膨らむ。


「大丈夫。深呼吸して、ゆっくり」


「ふ、ふにゃぁ……」


 俺は、ゆっくりと手を動かす。

 霊体の滞りを――優しく、解きほぐしていく。


 猫族の魔力は、まるで糸のようだ。

 無理に引っ張れば切れてしまう。

 優しく解けば――自然と流れを取り戻す。


「……あったかい……」


 少女の声が、とろんと甘くなる。

 そして――

 ゴロゴロゴロ……


「……っ」


 喉が、鳴り始めた。


「……猫って、本当に喉鳴らすんだ」


 俺が、思わず呟く。


「にゃっ!?」


 少女の顔が――真っ赤になった。


「は、恥ずかしいですにゃ……!」


「でも、気持ちいいなら、それでいいよ」


「うぅ……癒やし手さんのいじわるですにゃ……」


 でも、喉は――ゴロゴロと鳴り続けていた。

 光が、溢れ始めた。

 少女の霊体から、絡まりが――消えていく。


「ふにゃぁぁ……」


 少女の身体が、とろけるように脱力する。


「……これでいい」


 手を離すと、少女がゆっくりと目を開けた。

 頬がうっすらと赤い。


「体が……軽いですにゃ」


「よかった。しばらく安静にしておきな」


「はいにゃ……」


 少女が、ゆっくりと立ち上がる。

 そして――


「あの!」


 ぱっと顔を上げた。


「癒やし屋さんの手、すごく気持ちよかったですにゃ♡」


 少女が、俺の手を――両手で包み込む。


「え……」


「また……触ってほしいですにゃ」


 潤んだ瞳で、見上げてくる。


(……これは、まずい……)


 俺は、冷や汗をかいた。


「ちょ、ちょっと!?」


 その時――後ろから、声が響いた。

 振り返ると、ミナが入口に立っていた。

 耳をぴんと立てて、尻尾がピンピンに張っている。


「ユージ! あたしがいない間に、何してたの!?」


「何って、施術だよ」


「にゃーん、すごいですよミナさん♡ ユージさんの手、魔法みたいでしたにゃ」


 少女が、にこっと笑う。


「に、にゃーんって……!」


 ミナが、少女の前に飛び出す。


「あんた誰よ!?」


「リーネですにゃ。今から常連になる予定ですにゃ♡」


「な、なによその言い方!」


「あら、犬さんは吠えるだけですかにゃ?」


 リーネが、くすっと笑う。


「犬じゃない! 狼!」


「同じですにゃ」


「むきーっ!」


 ミナがリーネの前に立つ。

 ふたりの耳がぴんと張り合った。


(……犬と猫の睨み合いって、ほんとにあるんだな)


 俺は苦笑しながら、そっと両手を広げた。


「まぁまぁ、喧嘩しない。二人ともお客さんなんだから」


「むぅ……」


 ミナがそっぽを向く。

 尻尾がまだ膨らんでいる。


 リーネはというと、ケロッとした顔でカウンターに肘をつき――


「ユージさん、次はいつ空いてますにゃ?」


 小首を傾げた。

 距離が近い! いつの間にか名前呼びになってる!?


「ま、毎日でもいいけど、無理しないようにな」


「じゃあ、明日も来ますにゃ♡」


 笑顔を残して、リーネは軽やかに店を出て行った。

 その尻尾が、風のように揺れていた。

 静寂。


「……ふんっ」


 ミナが腕を組む。

 頬がわずかに膨らんでいる。


「なに?」


「べ、別に。猫っぽいなーって思っただけ」


「猫でしょ、実際」


「……うるさい!」


 ミナがくるりと背を向けた。

 でも、尻尾はぴょこぴょこ動いている。

 と、いうことは別に怒ってはいない?


「ミナが呼び込んでくれたのか?」


「……うん」


 ミナは、ゆっくり俺の隣に座った。

 しばらく、沈黙。

 そして――


「……ユージ」


 ミナが、後ろから抱きついてきた。


「うわっ、また?」


「あたしの方が、先だからね」


「わかってるよ」


「あたしの方が、ユージのこと……」


 ミナの声が、少し震えている。


「……好きだから」


 頬を赤らめてミナがいう。

 おお! いや勘違いするな。これは家族的な意味だ。

 ただのおっさんが、好意を寄せられるはずがない!


「……っ」


 俺の心臓が、跳ねた。


「だから……あの猫に、負けないから」


「……ミナ、いやさっきの猫さんはそんなんじゃないだろ」


「リーネ、だっけ。あのこ獲物を狙う猫の目をしてたよー?」


「勘違いじゃないか?」


 いいながら俺は、ミナの頭を撫でた。


「えへへ」


 尻尾が、ぶんぶん揺れる。とてもわかりやすく喜んでいる。


 外は夕焼け。

 街の屋根が黄金色に染まり、風が心地よく吹いている。


「……今日も、いい日だったな」


 呟いて、看板を見上げた。

 『ユージ堂』の文字が、夕陽の中で輝いている。

 その時――


「おい、あの店って……」


「魂を癒やす整体師がいるって、噂の……」


「マジかよ、行ってみようぜ!」


 店の外から、複数の声が聞こえてきた。


「……ん?」


 俺が、振り返る。


「ユージ! すごいよ、もう噂になってる!」


 ミナが、嬉しそうに尻尾を振る。


「……これは、明日から忙しくなりそうだな」


「大丈夫! あたしが手伝うから!」


「ありがとう、ミナ」


「えへへ」


 夕焼けが、街を染めている。

 新しい日常が――始まろうとしていた。


<第6話 終>


次回予告


噂は、あっという間に広がった。

「ユージ堂、すごいらしいぞ!」

「魂を癒やすって、本当に効くんだって!」

客が――次々と訪れる。

「ユージさん、次お願いしますにゃ♡」

「ユージ、あたしも手伝う!」

二人のヒロインに囲まれて――

「こ、これは……モテてる……?」


――次回

第7話「商売繁盛!」

おじさん、人生初の"モテ期"が到来する、かも?

 ここまで読んでいただいてありがとうございました。


 よろしければブックマークと評価【☆☆☆☆☆】の方、何卒よろしくお願いします。

 作者が物語を続けていく上でのモチベーションがとてもあがります!

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