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霊体マッサージで女神様を癒やしたら、異世界に飛ばされて異種族の娘たちにモテモテになって困る! 俺はただのおっさん整体師なのに!  作者: カクナノゾム
第五章 古の竜

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第36話 最後の禁術(中)

 ――落ちていた。


 光の流れの中を、まるで水の底へ沈むように。

 けれど、苦しくはない。

 呼吸すら、必要なかった。


 やがて足が地を踏みしめた感触が戻る。

 そこは――灰の平原だった。


 空は金と黒が入り混じり、まるで焚き火の煙のように揺れている。

 風は温かく、けれどどこか寂しく、泣いているみたいだった。


(……ここが、オーリアの魂か)


 ふと、前方に影が立っていた。


 金の鱗。

 折れた翼。

 黒い靄に包まれた心核。


 死霊竜――オーリアが、そこにいた。


 巨大な骸骨ではない。美しい金色の竜。

 霊体ではない。これはオーリアの魂だ。


 オーリアの心の中、俺は彼女の魂と向き合っていた。


 彼女は、痛みに耐えるように俯いていた。

 いや、耐えているのではない。

 ずっと耐え続けてしまった――そんな肩の震えだった。


「……オーリア」


 呼びかけると、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳に宿る光は、怒りでも狂気でもない。

 ――ただの、疲れ果てた哀しみだった。


「人間……なぜ……来た……ここは、我が後悔の……底……」


「癒やしに来た」


 俺はそのまま歩き出した。

 足元の灰が舞い、肩に熱を落とす。

 それでも進む。


「触れるな……我は……呪いを受け災いを振りまいた。故に罰を受け続けるべき……」


「そんなルール、聞いたことない」


 オーリアの眼がわずかに揺れた。


「まだ痛むんだろ? 痛むなら、生きてる。なら――癒やすことができる」


 その時――


 深紅の炎が天から降り、揺れた。

 その中に、紅い影が現れた。


 ――人の姿だった。


 紅い髪。

 紅い瞳。

 小柄で、でも凛としている。

 一目見てわかる。ラグナが、人の姿でそこに立っていた。


「オーリア」


 ラグナの声が、静かに響く。

 オーリアの巨大な竜体が、震えた。


「ラグナ……? なぜ……お前が……ここに……」


「癒やし手が、道を開いてくれた」


 ラグナが、ゆっくりと歩み寄る。


「オーリア。人の姿を取れ」


「……何を……」


「この癒やし手が、お前を癒やす。だが、その巨体では施術ができぬ」


 ラグナが、俺を振り返る。


「そうだろう? 癒やし手」


「ああ。人の姿なら、ツボが分かりやすい」


 俺は頷いた。


「それに……お前の痛みに、ちゃんと触れたい」


 オーリアの瞳が、揺れる。


「だが……我は……もう……人の姿など……」


「できる」


 ラグナが、きっぱりと言った。


「我も、この癒やし手に癒やされた」


「……お前が……?」


「そうだ。あやつは、我の数百年の痛みを、すべて癒やした」


 ラグナの声が、わずかに震える。


「我は……久しく忘れていた温もりを、思い出した」


「……」


「だから、オーリア。お前も、その痛みを手放せ」


 ラグナが、手を差し出す。


「人の姿になれ。そして――癒やされよ」


 オーリアの竜体が、大きく震えた。


「……ラグナ……」


「我が、ここにいる。お前は独りではない」


 その言葉に、オーリアの瞳から涙が零れた。


 そして――


 光が、オーリアを包んだ。

 巨大な竜体が、ゆっくりと小さくなっていく。

 翼が消え、鱗が消え――


 そこに、女性が立っていた。


 金色の長い髪。

 琥珀色の瞳。

 白い肌には、うっすらと金の鱗の痕が浮かんでいる。


 額には、竜の紋章。

 背中には、折れた翼の残滓。


 黒い靄が、その身体を包んでいた。


 でも――確かに、オーリアがそこにいた。


「……ラグナ……」


 オーリアが、震える声で呟いた。


「よくやった」


 ラグナが、静かに微笑む。


「……会いたかった……」


「我もだ」


 ラグナが、オーリアの手を取ろうとする。


 だが――

 黒い靄が、二人の間を遮った。


「……触れないで……ラグナ……我は……汚れて……」


「そこは俺の仕事だ」


 俺は、前に出た。


「オーリア。お前を、癒やす」


 俺は、霊体視を強化する。


 すると、オーリアの身体のあちこちが――光り、震え、裂け、泣いているように見えた。


(こいつ……痛みに耐えすぎて、ツボが全部潰れてる……)


 まず、背中。

 翼根――竜の霊力の要所。

 そこが黒く固まり、重たい瘴気に覆われている。


「まずはここだな」


 俺は、ゆっくりと彼女の背中に指を当てた。


 ――柔らかい。


 そう思った瞬間、オーリアの身体がびくりと震えた。


「っ……やめ……っ……それは……」


「凝ってる。ずっと風を受けてなかったんだな」


 按圧法。

 ゆっくり三秒押し、二秒離す。

 繰り返すたび、黒い靄が抜け落ち、金の光が滲む。


「あ……あ……そんな……優しく……触れないで……」


「嫌か?」


「……違う……思い出して……しまう……」


「何を?」


「ラグナの……温もりを……」


 その声は震えていたが、明確に拒絶ではなかった。


 次は、胸――心兪。

 悲しみの溜まる場所。


 そっと胸の中心に触れると、オーリアは息を呑んだ。


「そこは……ッ……!」


「……苦しいよな」


 俺はゆっくりと揉捏法に変え、円を描くように、固まった霊の筋をほぐす。


 すると、霊火が滲み、空が揺れた。


「ラグナ……ラグナ……」


「ここにいる」


 ラグナが、静かに答える。


 その声が、オーリアの心に届く。


「……お前の声が……聞こえる……」


「ずっと、呼び続けていた」


 ラグナの瞳が、揺れる。


「お前を、取り戻したくて……」


 オーリアが泣き崩れた。

 声にならない叫びが、灰の空へ吸い込まれていく。


「ラグナ……ラグナァァァ……!」


 その瞬間、オーリアの胸の心火が露わになった。

 黒いひびが入った、弱々しい炎。


 ここが最後のツボ――魂の核。


「……ここを、解す」


 俺は膝をつき、静かに掌を当てた。

 火傷しそうな熱が伝わる。

 でも手は離さない。


 指を沈める。

 熱と痛みが同時に駆け抜け――オーリアの背が大きく反る。


「あ……っ……! それは……そこは……!」


「ここが、お前が一番苦しかった所だ」


 優しく、ゆっくり、丁寧に――心火を包むようにほぐす。


 黒い鎖のような瘴気が、一本、また一本と切れていく。


「ラグナ……ごめ……ごめんなさい……!」


「謝るな」


 ラグナが、静かに言った。


「お前は、何も悪くない」


「だが……我は……お前を……」


「それも、あやつのせいだ」


 ラグナが、オーリアの隣に膝をつく。


「お前は……ずっと、戦っていた」


「ラグナ……」


「我が、お前を待っていた。ずっと」


 ラグナが、オーリアの手を取る。


 黒い靄が、二人の手の間から消えていく。


 灰の空が、金色に変わる。

 風が泣くのをやめ、光だけが残る。


 その光の中心で――オーリアの身体が、羽のように軽く震えた。


「……こんな温かさ……もう、忘れていた……」


「思い出せばいい。何度でも」


 黒い殻が砕け、金の鱗が現れる。

 心火が紅と白の炎に変わり、美しく脈動する。


 魂の施術は、終わりに近づいていた。


 俺は、ゆっくりと手を離した。


「……終わったぞ」


「……終わった……の?」


 オーリアが、信じられないように呟く。


「ああ。お前の痛みは、もう消えた」


 オーリアが、ゆっくりと立ち上がる。


 黒い靄は、完全に消えていた。

 金色の髪が、光に揺れる。


「……軽い……身体が……」


「よかった」


 ラグナが、微笑む。


「お帰り、オーリア」


「……ただいま、ラグナ」


 二人が、抱き合った。


 光が、二人を包む。

 紅と金が混じり合い、美しい光の輪を描く。


 俺は、静かにその光景を見つめていた。


(……良かった)


 胸の奥で、温かいものが広がる。

 その時――

 灰の平原が、ゆっくりと崩れ始めた。


「……これは?」


「魂の世界が、終わる」


 ラグナが、静かに言った。


「オーリアの苦しみが消えた。だから、この世界はもう必要ない」


「じゃあ……」


「ああ。現実に戻る」


 光が、俺を包んだ。

 意識が、浮き上がっていく。

 最後に聞こえたのは――


「ありがとう……癒やし手……」


 オーリアの、優しい声だった。



〈第36話 続〉


【次回予告】

 光が消え、竜の間に静寂が戻る。

 そこに横たわる、二頭の竜。

「……さよならを、言わせてくれ」


 ――第36話「最後の禁術(下)」

 おじさん、最後の別れに立ち会う。


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