第36話 最後の禁術(上)
「ソウル・トランスファー!」
『施術者の霊魂リンクを確認。以降は解除不能。最終モード――魂共鳴を開始』
機械のように平板な女神ルナリアの録音されたような音声が聞こえる。
同時に左手の紋章が光を纏う!
後はこの状態で、死霊竜――オーリアを癒やすだけだが。
そこに行き着くまでが大変だ。
「お前がオーリアに触るためには我が封印を解かねばならぬ。機会は一瞬。良いか?」
「行くっ!」
叫びざま、オーリアの霊体に向かって走り出す。
だが俺の行き先を死霊竜の吐き出すブレスが遮った。
轟音が遅れてやってくる。
熱も音も、すべての感覚が白に溶けた。
目を開けても、閉じても、世界が見えない。
次の瞬間、重なるように響いたのは――
ラグナの咆哮だった。
「封印を解く!」
その声に呼応するように、光が形を持つ。
空間が反転し、赤と金の炎が渦を巻く。
死霊竜オーリアの姿が、霊体がはっきり見える。
ラグナの背に、金色の紋様が浮かぶ。
紋様は炎となって宙を舞い、オーリアの身体へと吸い込まれていく。
封印が解かれてゆく。
その光の中、俺の足元に封印陣が浮かび上がる。
円環がゆっくりと回転し、霊火が脈動する。
霊力が腕を通り、手の甲の刻印へと集中した。
巨大な骨の上に被さるように、竜の霊体が浮かび上がっている。
骨を足がかりに、俺はその背中を駆け上った。
「――ッ!」
熱い。
焼けるような痛みが走る。
だが、それでも先に進む。
「ユージ!」
遠くで、ミナの声が聞こえた気がする。
けれど、もう外の音は届かない。
彼女たちの姿も、炎の帳の向こうに霞んでいく。
全てが遠のいていく中、俺はひとり呟いた。
「……これが、最後の禁術か」
魂の共鳴。
癒やしと痛みを、完全に共有する施術。
ルナリアですら制御不能と記した、最終の手段。
ルナリアの録音が再び鳴る。
『警告。施術者の霊力残量、臨界に接近。以降の施術は魂構造へ影響を及ぼす可能性があります』
「構わない。どうせ……最初から全部、賭けてる」
封印陣が燃え上がる。
炎が空間を覆い、重力すら揺らめく。
死霊竜の咆哮が再び響き――
その声が、悲鳴ではなく、痛みに満ちた叫びに変わった。
(聞こえる……痛みが……)
俺は胸に手を当てた。
鼓動が早い。
血の代わりに、光が体の中を流れていく。
掌の中心で、刻印が弾けた。
霊火が呼吸のように脈動する。
瘴気が後退し、空気が澄んでいく。
だが――代わりに、俺の足元の封印陣に、微かなひびが走った。
(……これは)
何かが、崩れていく音。
けれど、いまはまだ気づく暇もない。
「オーリア……お前を、癒やす」
熱が、全身を包む。
だが、それは外の炎ではない。
オーリアの霊体の中――魂そのものに触れている。
(見える……!)
霊体視を深く開く。
巨大な竜の霊体が、目の前に広がる。
人間の何十倍もある巨体。
小さくなってくれたラグナとは違う。
(しがみつくしかない……!)
俺は、オーリアの鱗に必死にしがみついた。
霊体の鱗は、実体ではないのに、確かな手応えがある。
瘴気が吹き荒れる。
風が俺を吹き飛ばそうとする。
「くそっ……!」
爪を立てて、必死に這い上がる。
(ツボは……どこだ……!)
霊体視を集中させる。
ぼんやりと、光る点が浮かび上がった。
「あった……!」
背中の中央、少し下。
命門――生命力の源。
俺は、そこに手を当てた。
「按圧法……!」
ゆっくりと、3秒押して、2秒離す。
同時に――
左手の刻印が輝く。
ソウル・トランスファーの光が、俺の魂から流れ出す。
「うあああああっ!」
魂が削れる。
身体の奥底から、何かが抜けていく感覚。
だが――その光が、オーリアの霊体に染み込んでいく。
「ぐ……あ……」
オーリアの霊体が、わずかに震えた。
黒い靄が、ひとつ消えた。
(効いてる……! 次だ……!)
俺は、必死に次のツボへ這い上がる。
風が吹き、足元が崩れる。
でも、諦めない。
「次は……百会……!」
頭の、角と角の間。
必死にしがみつきながら、そこに手を当てる。
揉捏法。
円を描くように、ほぐす。
そして――
刻印が再び輝く。
「くっ……!」
魂が、さらに削れる。
視界が揺れる。
でも、光が流れ込む。
黒い靄が、また消えた。
(まだだ……まだ足りない……!)
俺は、次のツボへ。
翼の付け根。
心兪。
肩甲骨。
ひとつずつ、ツボを押す。
その度に、ソウル・トランスファーで魂を流し込む。
黒い靄が、少しずつ消えていく。
だが――
俺の身体も、限界に近づいていた。
視界が霞む。
手が震える。
魂が、悲鳴を上げている。
(……最後だ)
俺は、最後のツボに手を伸ばした。
尻尾の付け根。
ここが、最後。
「オーリア……!」
俺は、全力でそこに手を当てた。
按圧法。
深く、深く、押し込む。
そして――
「ソウル・トランスファー……フルパワー!!」
左手の刻印が、爆ぜた。
光が、溢れ出す。
俺の魂の、すべてが流れ込んでいく。
「あああああああっ!!」
オーリアの絶頂の声が、響いた。
黒い靄が、すべて消えた。
霊体が、金色に輝く。
――そして、光に包まれた。
瞬間、俺の身体が浮き上がる。
オーリアの霊体が、俺を引き込もうとしている。
炎の海の奥――死霊竜の魂の中心へと、落ちていく。
〈第36話 続〉
【次回予告】
オーリアの魂の奥で、悠司は見る。
数百年の苦しみと、ラグナへの想いを。
「……ラグナ……会いたかった……」
――第36話「最後の禁術(中)」
おじさん、魂の対話!




