第35話 死霊竜の咆哮(中)
黒い炎が、唸りを上げて吹き荒れた。
死霊竜の口腔から迸る霊火が、壁を焼き、床を割る。
赤と黒の火花が散り、岩が音を立てて崩れ落ちる。
「ミナ、下がれ!」
「分かってる!」
ミナが短剣を抜き、前に跳んだ。
炎の波がミナ横から、魔力の風を巻き起こす。
爆ぜた火花が尾を焼くが、彼女は一歩も退かない。
「……ダメ……なの!? 近づくこともできない!!」
霊火が生き物のようにうねり、ミナの影を飲み込もうとする。
リーネが背後で魔法を発動しようとしているようだが――。
「ダメにゃ、こっちの魔力が吸われてく……!」
セレスが魔力を吸い取られ、崩れ落ちるリーネを抱き起こす。
しかし、その瞬間、足元が爆ぜた。
「危ない!」
俺が叫ぶより早く、ミナの身体が弾き飛ばされる。
セレスも抱き起こしていたリーネごと、衝撃波に飲まれて転がった。
空気が焦げる。
熱で視界が歪み、肌が焼けるように痛い。
「おいおい……こんなもん、癒やす前に灰になるぞ……」
黒い瘴気が俺たちに襲いかかる!
だが、それは燃え上がる炎の壁によって遮られた。
――ラグナ! 守ってくれているのか!
俺は一歩、前に出た。
足元の岩が割れる。
熱気が喉を焼く。
「ユージ!」
ミナの声が裏返る。
「戻ろう! あれはもう……死霊じゃなくて、災害よ!」
「分かってる。けど、あいつ……泣いてる」
虚な眼窩の奥。
骸骨の奥の瞳孔に、淡い光が滲んでいた。
黒炎の中で揺れる、それは確かに涙だった。
ラグナが防御しながら叫ぶ。
「癒やし手、下がれ! 我の伴侶は、もう戻らぬ!」
「戻らないなんて、誰が決めた!」
俺は叫び返した。
掌をかざし、霊体視を全開にする。
視界の奥に、赤黒く濁った“霊核”が見える。
中心に、小さな光の粒。
(まだ……生きてる)
その瞬間、手の甲の刻印が灼けた。
ルナリアの光。
掌の奥で、脈のように打つ。
「おい、まさか――!」
ラグナの瞳が見開かれる。
頭の中に、冷たい声が響いた。
『霊力上昇を検知。施術者の魂負荷、危険領域――』
録音のような声。
感情がまるでない。
それなのに、どこか懐かしい響きがした。
「……ルナリア」
俺は、ほんの少しだけ笑った。
「でも、これ以外で、あれを癒やす方法を俺は知らない――」
掌が光る。
霊火がざわめき、空間の温度が変わる。
ソウル・トランスファー。
俺の魂を削って、相手を癒やす俺の切り札。
「ユージ、ダメ! やめて!」
ミナの叫びが届く。
だが、止められない。
この光を放てば、きっと届く。
――けれど。
俺は拳を握り、光を閉じ込めた。
マッサージで霊体を解さないと意味がない。
ただ魂から力を分けるだけでは、とても足りないだろう。
相手は古代の竜。こちらはただの人間だ。
霊力の奔流が、体内で暴れ、胸が焼けるように痛い。
(まだ早い。こいつの魂が、まだ“見える”位置に来てない)
「……今は使わない」
小さく呟いた。
光が静まる。
光は掌の奥で脈動を止める。
「我慢しろ……俺。今、全部出したら届かない」
呼吸が荒くなる。
体内に溜まった霊力が暴れ、筋肉が軋む。
握りしめた拳から光の筋がこぼれ始める。
骸骨の眼窩の奥に、かすかに金の光が灯るのが見えた。
――そこか!
(……聞こえたな。次で、行く)
俺は手を開く。
迸る光が、俺の両手を包んでいった。
ラグナの瞳がそれを見て、何も言わずに頷いた。
◇
全力で走り出す。
瘴気に包まれた巨大な骨。俺を押しつぶそうと迫ってくるそれを辛うじて交わし、俺は死霊竜の足に触れることに成功した。
(これで、こいつの魂に――触れる!)
――光が、形をなくしていく。
足元が消え、熱の感覚だけが残った。
(……引きずられてる――死霊竜の、魂の中に!)
視界が反転し、炎が流れるように上から降ってくる。
世界が燃えていた。
でも、それは外の炎とは違う。
"心の中の炎"――痛みそのものだった。
◇
俺は、焦げた大地に立っていた。
灰の風が吹き、遠くの空には、
紅と金の光が絡み合うように飛んでいる。
二頭の竜。
あれは……ラグナと、その伴侶だ。
翼がぶつかり合い、空を駆け、笑い声を上げる。
風が光を裂き、空に輪を描く。
ほんの一瞬、それは、幸福という名の記憶だった。
けれど、空が割れた。
黒い矢のような瘴気が飛来し、金の竜の胸を貫く。
「……あっ……」
竜が崩れ落ちる。
紅い竜――ラグナが叫び、彼女を追って地に降りた。
灰の海が割れ、黒い波が彼らを包み込む。
「行くな……行くなぁぁぁぁ……!」
ラグナの悲鳴が木霊する。
あれが、始まりだったんだ。
伴侶を喪った魂の悲鳴。
その“残響”が、何百年もこの地を縛りつけている。
〈第35話 続〉
【次回予告】
死霊竜の魂の奥で、悠司は語りかける。
「痛みを見て見ぬふりするのは、癒やし手じゃない」
光が爆ぜる――そして、最後の禁術。
──第35話「死霊竜の咆哮(下)」
おじさん、魂のすべてを燃やす!
◇◇◇
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