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第4話 居場所を探して

 森を抜けると――町が、見えた。


「……小さな町だな」


 俺は、思わず呟いた。

 木造の建物が立ち並び、煙突から煙が上がっている。

 遠くからでも、人々の声が聞こえる。


「ま、田舎だしね。ここはファングレストって町」


 ミナが、俺の横に立った。


「獣人族が多く住んでる場所」


「獣人族……」


「あたしみたいに、獣の耳や尻尾を持った人たちね」


 ミナが、自分の耳をピクリと動かす。


「人間は……あんまり、歓迎されないけど」


「……そうなのか」


「まあ、あんたは特別だから」


 ミナが、ぷいっと顔を背ける。


「あたしが案内してやるし」


「ありがとう」


 俺は、微笑んだ。

 街の門が、見えてきた。


 大きな木造の門。

 両側には、槍を持った衛兵が立っている。


 獣人――ゴリラのような、巨大な身体を持った男だ。

 というかゴリラだ。

 身長は二メートルを超え、筋肉の塊のような体躯。


「止まれ」


 衛兵が、俺たちの前に立ちはだかった。

 その声は、地を這うような低音だ。


「ミナじゃないか。どうした?」


「ガルムおじさん、ちょっと用事で」


 ミナが、衛兵に頭を下げる。


「この人も、一緒に入れてほしいんだけど」


「人間……?」


 ガルムと呼ばれた衛兵が、俺を睨む。


「人間は、入れない」


「え……」


「街の規則だ。人間は、信用できない」


「待って!」


 ミナが、前に出た。


「ユウジは、悪い人じゃない!」


「規則は規則だ」


「でも――!」


「ミナ、お前が庇っても無駄だ」


 ガルムが、腕を組む。


「人間は、過去に何度も――俺たちを裏切ってきた」


「……っ」


 ミナの拳が、震えている。


「いいんだ、ミナ」


 俺は、ミナの肩に手を置いた。


「無理しなくても」


「無理じゃない!」


 ミナが、俺を見上げた。

 その瞳には――涙が、浮かんでいる。


「あんたは、あたしを助けてくれた!」


「……ミナ」


「だから――あたしが、助ける番!」


 ミナが、ガルムを睨みつける。


「この人は、あたしの命の恩人! 入れないなら、あたしも入らない!」


「お、おい……」


 ガルムが、困った顔をする。

 このゴリラいい人なのかも知れない。

 立派な筋肉だし。


「何の騒ぎだい?」


 低い声が、響いた。

 振り返ると――年老いた獣人の女性が、立っていた。


 狐のような、白い耳と尻尾。狐の獣人なのか?

  皺だらけの顔だが、目は知恵を湛え――鋭く、優しい。


「マーサ婆ちゃん……!」


 ミナが、嬉しそうに駆け寄る。


「ミナ、どうしたんだい? またそんな顔して」


 マーサと呼ばれた老婆が、ミナの頭を撫でた。


「この人間が、どうかしたのかい?」


「ユウジはあたしを、助けてくれたの」


「ほう……」


 マーサが、俺を見つめる。

 その目は――何かを、見抜くような。


「……面白い目をしてるね」


「え……?」


「人を癒す目だ」


 マーサが、微笑んだ。


「お前さん、癒やし手かい?」


「……はい、多分そんな感じです」


 俺は、正直に答えた。


「身体のツボを押して、癒す――そんな仕事をしてました」


「ツボ、ねえ……」


 マーサが、顎に手を当てる。


「珍しいもんだ」


 マーサは、じっと俺を見つめている。

 まるで――値踏みするように。

 その時。


「グッ……」


 ガルムが、腰を押さえてうめいた。


「ガルム?」


 マーサが、振り返る。


「……平気です。ちょっと腰が――」


 ガルムが、歯を食いしばる。

 俺には――視えた。

 ガルムの霊体が、ボロボロだ。

 筋肉は強靭だが――その奥で、魂が悲鳴を上げている。


「……あの」


 俺が、一歩前に出た。


「何だ?」


 ガルムが、警戒した目で見る。


「少しだけ、診させてください」


「は?」


「俺、整体師なんです。腰、痛いんですよね?」


「フン……無駄だ」


 ガルムが鼻を鳴らす。


「この筋肉、何人もの治療師が諦めた」


「マッサージも効かん。筋肉が厚すぎてな」


「でも――」


 俺が、真剣な目で言う。


「俺のは、違います」


 マーサが――黙って、俺を見つめている。


「……好きにしろ」


 ガルムが、門の脇の石に腰を下ろした。


「失礼します」


 俺が、ガルムの背中に――いや、霊体に手を当てた。


 ビリッ


「!?」


 ガルムの身体が、ビクンと跳ねた。


「これは……何だ……」


「霊体マッサージです。あなたの霊体に、直接働きかけます」


「霊体?」


「魂、みたいなものですね、きっと」


 俺は、ゆっくりと手を動かす。

 ガルムの霊体の、深い傷に意識を向ける。

 優しく、撫でるように――長年の疲労を、解きほぐしていく。


「グルル……」


 ガルムの口から、低い唸り声。


「大丈夫ですか?」


「ああ……いや……これは……」


 ガルムの顔が――赤く染まっている。


「気持ち……いい……」


「ウホッ……」


 ガルムの尻尾が、ブンブン揺れ始めた。

 光が、溢れ始めた。

 ガルムの霊体から、疲労が――消えていく。


「あ……ああ……」


 ガルムの表情が、和らいでいく。


「身体が……軽い……」


「よかった」


 俺は、手を離した。


「これで、だいぶ楽になったはずです」


 ガルムは――呆然と、自分の手を見つめていた。

 そして――ゆっくりと立ち上がる。


「腰が……痛くない……」


「何年ぶりだ……こんなの……」


 ガルムが、俺を見つめた。


「……すまなかった」


 深々と、頭を下げる。


「人間を……誤解していた」


「気にしないでください」


「お前は……いい奴だ」


 ガルムが、俺の肩を――優しく叩いた。

 マーサが――微笑んでいた。


「お前さん」


「はい」


「この男……この町の為になるかもしれんね」


 マーサが、杖を地面に突く。


「ガルム、この人を通してやりな」


「……はい」


 ガルムが、頷いた。


「私が預かる。私の責任で、街に入れるよ」


「ありがとうございます」


 俺は、マーサに頭を下げた。


「気にしないでおくれ」


 マーサが、微笑む。


「ミナがそこまで庇うんだ。それに――お前さんの腕も、本物だ」


「婆ちゃん……」


 ミナが、嬉しそうに笑う。

 街の中に、入った。

 木造の家々が立ち並び、石畳の道が続いている。

 市場では、獣人たちが野菜や肉を売っている。


「賑やかだな」


「ここは、商人の街だから」


 ミナが、説明してくれる。


「色んな種族が来て、商売してる」


「なるほど……」


「ところで」


 マーサが、俺を見つめた。


「お前さん、泊まる場所はあるのかい?」


「いえ……まだ」


「なら、ちょうどいい」


 マーサが、杖で前を指す。


「あそこに、空き家がある」


「空き家……?」


「昔、薬師が住んでた家さ」


 マーサが、微笑んだ。


「もう何年も誰も住んでないけど――お前さんなら、使えるだろう」


「……いいんですか?」


「家賃は後払いでいい」


 マーサが、俺の背中を押す。


「まずは、住んでみな」


 案内された家は――小さな、木造の一軒家だった。

 玄関は少し傾いていて、窓ガラスには埃が積もっている。


「……古いな」


「失礼ね!」


 ミナが、頬を膨らませる。


「でも、ちゃんと掃除すれば――住めるよ」


「そうだな」


 俺は、微笑んだ。


「じゃあ、掃除しようか」


 ミナと二人で、掃除を始めた。

 窓を拭き、床を掃き、埃を払う。

 ミナは文句を言いながらも――一生懸命、手伝ってくれた。


「ここ、もっと拭いて」


「はいはい」


「あと、そこのゴミ捨てて」


「わかったよ」


 そんなやり取りをしながら――

 気づけば、家の中は――綺麗になっていた。


「……ふう」


 俺は、椅子に座り込んだ。


「疲れた……」


「あんた、体力ないね」


 ミナが、笑う。


「でも――」


 ミナが、部屋を見回す。


「綺麗になったね」


「ああ」


「……ここ、あんたに似合うよ」


 ミナが、照れたように顔を背ける。


「なんか、あったかい感じがする」


「……ありがとう」


 俺は、微笑んだ。

 夜。

 俺は、家の外に出て――空を見上げた。

 満天の星が、輝いている。


「……この街で、生きていける気がする」


 呟いて――自分の手のひらを見つめる。


 ここには――

 俺を必要としてくれる人がいる。


 ここには――

 俺の力を、受け入れてくれる場所がある。


 ここには――

 俺の、居場所がある。


 この場所が、俺の新しい人生の始まりになるのだ――


<第4話 終>




【次回予告】


 朝の光が、古びた家を照らしていた。

「ここ……使えるかもな」

 昨日までただの空き家だった場所が、少しずつ“店”の形を取り戻していく。

「ユージは整体師? なんでしょ? だったらこの家、お店にしようよ!」

「……整体院、か」

 狼少女と、おじさん整体師。

 二人の小さな挑戦が、街の人々を癒やしてゆく。


――次回

第5話「異界整体院、始動!」

おじさん、異世界で“初めての職場”を手に入れる。

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