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霊体マッサージで女神様を癒やしたら、異世界に飛ばされて異種族の娘たちにモテモテになって困る! 俺はただのおっさん整体師なのに!  作者: カクナノゾム


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第27話 老婆マーサのアンチエイジング(下)

 俺は指を腰の中心――命門にあてた。

 三秒押し、二秒離す。

 ゆっくり、確実に、霊の通り道へ圧を通していく。


「一、二、三……離します」


「……っ、ふ……」


 押すたびに、霊体の奥から濁ったものがふわりと浮かび上がり、軽擦で整えた表面へ吸い込まれていく。


「ここ、結構溜まってますね」


「そりゃそうさ。あたしゃ若い頃からずっと、"誰かの背中"を見てきた。

 前を走る奴の、退いていく奴の、つまずいた奴の……

 それを見届けてきた者の腰は、重くなるもんだよ」


 押すたびに、マーサの声が少しだけ湿る。


「昔の仲間……ですか」


「そうさね。

 一緒に山を駆けて、戦場を抜けて、酒場で馬鹿笑いして……

 気付けば、みんな先に逝っちまった」


 俺は押す手を少しだけ柔らかくした。


「寂しかったでしょうね」


「寂しいさ。

 でも、その寂しさのおかげで、ミナを拾えたのかもしれない」


 マーサは、ふっと笑った。


「あの子の顔を初めて見た時、昔の仲間の目に似てたんだよ。

 怖がって震えながら、それでも、助けを求めてる目さね」


 ミナが口元を押さえた。

 耳がぴんと立ち、尻尾が震えている。


「……マーサ婆ちゃん……」


「だからね、ユージさん。

 あの子が笑える場所を、ずっと作ってやりたかったんだよ。

 それがこの街であり、このユージ堂であってくれるなら……

 わしは、こんなに嬉しいことはないよ」


 按圧を続けるうちに、霊体の金色がさらに明るくなっていく。


(……最後に、胸のあたりだな)


「じゃあ、仕上げに胸の霊道を整えます」


 俺は胸の中央、心門のあたりに軽く手を添えた。

 強くは押さない。ただ、表面の揺らぎを撫でるように整える。


「……ふぅ……」


 マーサの息が、深く、長く吐き出される。


「どうですか」


「……こりゃあ……

 もう少しだけ、生きててもいい気がしてくるねぇ」


 その声には、冗談とも本音ともつかない色が混ざっていた。


 霊体の光は、さっきよりも明らかに澄んでいる。

 年輪のような筋はそのままだが、その輪郭が柔らかくなり、芯に宿る炎は少しだけ若返ったように見えた。


「終わりました。立ってみてください」


 マーサはゆっくりと上体を起こし、足を床につける。

 そして一歩、二歩と歩いてみせた。


「……おや」


 本人が、一番驚いた顔をした。


「どうですか?」


「足が軽い。

 山道を駆けてた頃ほどじゃないが……

 街ひとつくらいなら、まだ走って回れそうだねぇ」


「走るのはほどほどにしてくださいね」


「にゃ!? なんか……ちょっと若くなってるにゃ!」


 リーネが目を丸くする。


「やっぱり! 頬がふっくらしてるよ!」


 ミナが身を乗り出す。


「瞳の光も……以前より活き活きして見えますわ」


 セレスが、感心したように頷いた。


「アンチエイジング、ってやつですね」


 俺が言うと、マーサは大きく笑った。


「ははっ。あんたねぇ、年寄りを口説くのが上手すぎるよ、ユージさん」


「口説いてるつもりはないんですが」


「そうやって無自覚なのが一番タチが悪いですにゃ」


「分かる……」


「痛いところを突きますわね」


 三人娘の視線が、じりじりと俺に突き刺さってくる。


「頼れる男は、モテるに決まってますにゃ」


「ユージ、そういうところだよ。ほんと」


「先生の優しさは……罪ですわ」


「俺、何かしましたかね……」


 俺が頭を抱えると、マーサはくつくつと喉を鳴らして笑った。


「……よかった」


 そのひと言だけは、妙に優しかった。


「マーサさん?」


「いやね。

 あんたがこの街に来たとき、正直、半分は賭けだったんだよ。

 人族で、変な術を使う男を、獣人の街に住まわせるってのはさ」


 マーサは窓の外、夕焼けの空をちらりと見やった。


「でも、あんたを見てれば分かる。

 あの子たちを"どうでもいい"なんて思ってないってね」


 ミナの耳がぴくりと動く。

 リーネの尻尾が、そっと揺れる。

 セレスが、静かに目を閉じる。


「ユージさん」


「はい」


「どうか……

 ミナと、リーネと、セレスを――泣かせないでおくれ。

 それが、わしの、最後の願いだよ」


 男勝りな声なのに、その言葉だけは、ひどく柔らかかった。


 俺は、自然と背筋を伸ばしていた。


「……泣かせません。

 泣かせないように、全力を尽くします。

 あいつらが笑っていられるように、ここを守ります」


 そう言うと、マーサは満足げに目を細めた。


「……いい男になったねぇ」


 ぽん、と俺の肩を軽く叩く。


「最初からいい男だよ、ユージは!」


 ミナが胸を張る。


「にゃーにゃー、褒めると伸びるタイプにゃ」


「でも……そういう人だから、私たちはここにいられるのですわ」


 三人娘の言葉に、さすがの俺も照れくさい。


「……まったく。

 こんな賑やかな家を見られるとはねぇ。

 あたしゃ、まだ少し長生きしなきゃ損だね」


 マーサは立ち上がると、くるりと踵を返した。

 その背筋は、さっきよりもほんの少しだけ、まっすぐに見えた。


「じゃあ行くよ。晩ごはんの支度が待ってるからね」


「足元、気をつけてくださいね」


「誰にものを言ってるんだい。これでも昔は"山ウサギ"って呼ばれてたんだよ」


「狐じゃなくてですか」


「細かいことは気にしない!」


 そう言って笑いながら、マーサは白い尾を揺らしつつ去っていった。


 扉が閉まる。

 残された俺たちは、しばらくその背中の余韻を眺めていた。


「……マーサ婆ちゃん、なんか、本当に若返って見えたね」


 ミナがぽつりと言う。


「にゃ。

 でも、一番若返ったのは、きっと……心の方かもにゃ」


 リーネが尻尾をふわりと振った。


「……先生の施術は、肉体だけでなく……

 背負ってきた時間までも軽くしてしまうのですね」


 セレスが、少しだけ誇らしげに俺を見た。


「そんな大したものじゃないさ。

 俺はただ、ちょっと触っただけだ」


「そういうこと言うから、余計モテるんだよ!」


「そうですにゃ!」


「そうですわ!」


 三方向から責め立てられて、俺は苦笑を浮かべるしかなかった。


(……でもまあ)


 窓の外では、夕陽に照らされた街の人々が、今日も笑いながら行き交っている。


(この街で、こうして誰かの背負ってきたものを少し軽くできるなら)


(俺も……ここにいる意味が、あるんだろうな)


 そんなことを思いながら、俺はそっと看板に目をやった。


『おかえりなさい、癒やし処 ユージ堂』


 その文字が、少しだけ誇らしく見えた。


 そして今日もまた、夜が静かに降りていく。


〈第37話 完〉



【次回予告】


「ガルム、お前……まさか……」


 門番の大柄なオオカミ獣人が、頬を染める。

 その視線の先には――


「よお、ガルム。今日も元気そうだな」


 豪快に笑う女性冒険者、マルガ。


 不器用な想い。

 届かない言葉。

 でも――優しい手が、背中を押してくれる。


――次回

第38話「門番の恋」

おじさん、キューピッドになる。

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