第25話 月華亭の夜(上)
夕暮れのユージ堂。
最後の客を見送り、ミナが大きく伸びをした。
「ふあぁ……今日も疲れたぁ」
「お疲れ様ですにゃ。ユージもお疲れにゃ」
リーネが尻尾を揺らしながら笑う。
セレスは静かに店内を片付けていた。
そのとき――
カランッ♡
「こんばんは、あなた♡」
艶やかな声。
振り向くと、赤い着物に身を包んだフィーネが立っていた。
狐耳がぴんと立ち、尻尾が優雅に揺れている。
「フィーネさん。今日は施術じゃないんですか?」
「ええ♡ 今日はお礼に来たの」
フィーネは懐から金色の券を取り出した。
「月華亭の無料券よ♡
お食事、楽しんでいってね♡」
ミナの耳が、ぴくんと動いた。
リーネの尻尾が、ぴたりと止まる。
「……月華亭……」
「……あの、夜のお店にゃ……」
二人の視線が、じっと俺を刺す。
セレスは穏やかに微笑んだ。
「まあ、素敵です。行ってみたいですね」
「セレスさん!?」
「何を言ってるのにゃ!?」
フィーネはくすくすと笑う。
「ふふ♡ じゃあ、今夜お待ちしてますね♡」
扉が閉まる。
鈴の音が、余韻のように響いた。
――静寂。
「……先生、行くの?」
ミナが、じっと見つめてくる。
「行くにゃ?」
リーネも、尻尾を揺らしながら。
「せっかくもらったんだし、行こうかと思うが」
「じゃあ、あたしも行く!」
「リーネも行くにゃ!」
「……私も、ご一緒させてください」
セレスが静かに言った。
その瞳が、かすかに光る。
「……フィーネさんがどんなお仕事をされているのか、とても気になりますから」
(……セレス、目が笑ってないぞ……)
俺は小さく溜息をついた。
「じゃあ、四人で行くか」
◇
夜の月華亭は、賑やかだった。
冒険者たちが酒を飲み、笑い声が響いている。
「わあ……すごい人にゃ……」
「こんなに賑やかなんだ……」
ミナとリーネが、きょろきょろと周囲を見渡す。
セレスは落ち着いた様子で、店内を観察していた。
「いらっしゃいませ♡」
フィーネが笑顔で迎えてくれた。
赤い着物が、灯りに照らされて艶やかに揺れる。
「こちらへどうぞ♡」
案内された席は、奥まった静かな場所。
四人掛けのテーブルに座ると、フィーネがメニューを差し出した。
「今日のおすすめは、鹿肉のローストと、森のきのこスープよ♡」
「じゃあ、それで」
「かしこまりました♡」
フィーネが去っていく。
その背中を、三人の視線が追っていた。
「……先生、フィーネさんと仲良いよね」
ミナが、むすっとした顔で言う。
「そうにゃ。なんか、すごく親しそうにゃ」
「……ふふ」
セレスが静かに笑った。
「お二人とも、落ち着いてください。ユージさんは、どなたにも同じように優しいだけですから」
穏やかな声。
でも――
箸を持つ手に、少し力が入っている。
(……セレス、怖いぞ……)
しばらくして、料理が運ばれてきた。
フィーネが何度もテーブルへ来ては、話しかけてくる。
「あなた、今日もお疲れ様♡」
「お酒、もう一杯いかが?♡」
「デザートもおすすめよ♡」
ミナの耳が、ぴーんと立つ。
リーネの尻尾が、ばしばし床を叩いた。
セレスは静かに観察していた。
「……ふふ。熱心ですね」
「セレスさん、笑ってる場合じゃないよ!」
「そうですにゃ! あれはちょっと……!」
「そうですか? 私は別に構いませんが」
セレスの笑顔が、一瞬――冷たく光った。
(……やっぱり怖いぞ……)
俺は黙って料理を食べ続けた。
◇
食事も終わりに差し掛かった頃。
フィーネが再びテーブルへやってきた。
「それじゃ、お代わりのお茶を持ってきま――」
フラッ。
「……え……?」
フィーネの身体が、ゆっくりと傾いた。
俺は咄嗟に立ち上がり、彼女を抱きとめる。
「フィーネさん!?」
「ユージ!?」
「フィーネさん!」
三人も駆け寄ってくる。
フィーネの顔色が悪い。
額に汗が滲み、呼吸が浅い。
「ごめんなさい……少し……無理、しちゃって……」
俺は霊体視を集中させた。
――瞬間。
フィーネの霊体が視えた。
桃色の光が、激しく揺れている。
ひび割れのような亀裂が、全身に走っていた。
「これは……霊気の暴走……!」
「霊気暴走!?」
ミナが息をのむ。
「それって……命に関わるやつにゃ……!」
リーネの声も震えている。
セレスが冷静に言った。
「……やはり、無理をされていたのですね」
その瞳が、フィーネを見つめる。
(……セレス、最初から気づいてたのか……?)
フィーネが、か細い声で呟いた。
「ごめんなさい……あなたに……迷惑……」
「馬鹿言うな。今すぐ診る」
俺はフィーネを抱き上げた。
「店の奥、使わせてもらうぞ!」
俺は言い放ち、歩き出した。
〈第35話 続〉
【次回予告】
フィーネの身体が、びくんと跳ねた。
霊体が淡く輝き、亀裂が修復されていく。
「はぁ……はぁ……っ……」
フィーネの肩が、激しく上下する。
尻尾が、ぴんと立っていた。
――次回
第36話「月華亭の夜(下)」
おじさん、フィーネを色っぽく癒やす。




