第24話 笑顔の奥にあるもの
朝のユージ堂。
ミナとセレスが掃除をしていると、リーネが扉を勢いよく開けた。
「おっはよにゃーー! 今日も元気いっぱい営業するにゃ!!」
元気そのものの声。
でも、その笑顔はどこか作り物めいていた。
ミナはふと気づく。
(……最近のリーネ、なんだか元気"すぎ"ない?)
セレスも同じことを思ったらしく、首を少しだけ傾げた。
「今日のリーネさん……ちょっと空回りしてませんか……?」
「気のせいにゃ! 気のせい!!」
笑顔。
でもその尻尾は、ほんの僅かにしょんぼりしていた。
午前の客が入り、ユージが施術を終えたころ。
「いやぁ先生、助かったよ」
「最近ね、街に若い冒険者の四人組がいてだな。
これがまぁ強い強い。街の期待の星ってやつだ」
その瞬間――
皿を運んでいたリーネの耳がぴくんと揺れた。
「四人……組……?」
お客は続ける。
「名前は……なんだっけな。
グ……えぇと……なんとかフェ……?
ま、忘れたけど凄いらしいぞ!」
リーネの足が一瞬だけ止まった。
皿を落としかけて、慌てて持ち直す。
「ふ、ふーん? すごいにゃぁ……へへ……」
笑顔。
でも目が笑っていない。
ミナが小声で聞く。
「……リーネ、大丈夫?」
「大丈夫にゃ!! だーいじょうぶ!!」
尻尾は完全にしゅん。
(あれは……絶対大丈夫じゃないやつだ)
そう思った俺は、昼営業が終わった頃に声をかけた。
「リーネ。
今日は……施術させてくれないか?」
「えっ……にゃ……?
あたし、どこも悪くないにゃよ?」
「霊体が、ずいぶん揺れてる」
「……見えちゃうにゃ? そんなの……ずるいにゃ……」
リーネは目を逸らし、ぎゅっと拳を握る。
「あたし……大丈夫だから……
ユージは他のお客さんを……」
「リーネ」
俺は静かに、でも強く言った。
「お前も、ここの大切な一員だ。
無理してる姿を見てるのは、つらいんだよ」
「……っ」
リーネの耳がぴくんと揺れ、
尻尾が小刻みに震えた。
「……わかったにゃ。
ユージが……そこまで言うなら……」
施術台に横になったリーネ。
俺は集中し、霊体に手をかざす。
霊体視が発動し、淡い桃色の猫霊がふわりと浮かぶ――
けれどその胸の奥には、細かなひびが網目のように広がっていた。
(これは……抑え込んだ寂しさと焦りだな)
「じゃあ、いくよ」
まず摩法で胸の中心に触れる。
――ビリッ
「ひゃ……っ……ユージ……そこは……」
「大丈夫。痛くないだろ?」
「痛くないけど……なんか……胸がきゅぅって……なるにゃ……」
リーネは強がるように笑おうとする。
「でも……あたし……平気にゃ……
これくらい……全然……平気……」
「無理しなくていいよ」
「……にゃ」
次に按圧法で太衝(足の甲)を押す。
怒りと抑圧の出口――リーネには特に響くツボだ。
「三秒押すよ……一、二、三……離す」
「んっ……あ……っ……そこ……
そこ押されると……胸の奥が……熱い……」
声が震える。
普段の軽い調子とは真逆だ。
「はぁ……ん……ユージの手……
あったかくて……優しくて……
なんか……溶けちゃいそうにゃ……」
猫耳がぺたんと伏せられ、
尻尾がゆらゆらと揺れている。
揉捏法で胸の霊体のひびをほどくように円を描く。
ひびが一つ消えるごとに、リーネの表情も揺らいでいく。
「あっ……そこ……優しく……されると……
ダメ……なんか……全部……出ちゃいそう……」
「出していいんだよ」
「……っ」
リーネの目尻が潤み始める。
「……ねぇ……ユージ……」
「ああ」
「……あたし……昔のパーティでも……
いつも笑ってないと……
必要とされないって……思ってて……」
リーネの声が震える。
「でも……それでも……
結局……置いていかれて……
あたしが……弱いからって……
足手まといだからって……」
「んっ……あ……ユージ……そこ……深い……
心の奥まで……届いてる……」
涙が一粒、ぽたりと落ちる。
「……それから……ずっと怖かったにゃ……
ミナも……セレスも……
あたしより可愛いし……優秀だし……
ユージ、あたしのこと、すぐ忘れちゃうんじゃないかって……」
「はぁ……っ……あ……っ……
笑ってないと……
置いていかれる気がして……
明るくしてないと……
必要とされない気がして……」
「にゃあ……やだ……泣きたくないのに……
でも……ユージの手……優しすぎて……
涙……止まらない……」
「リーネ」
俺はそっと彼女の手を包んだ。
「誰もお前を忘れないよ。
お前は"唯一のリーネ"だ。
替えなんて、どこにもいない」
「……っ……ユージ……そんなの……
反則にゃ……」
最後のひびが音もなく溶け、
霊体は柔らかい光を取り戻した。
施術が終わり、リーネはゆっくり起き上がる。
「……はぁ……胸が……軽いにゃ……
なんか……ずっと苦しかったのに……」
リーネは俺の方を見て、小さく笑った。
「……ありがとにゃ、ユージ。
あたし……もう大丈夫にゃ」
「ああ。でも無理はするなよ」
「……にゃ」
リーネは少しだけ甘えるように、
俺の腕に頭を預けた。
「……ちょっとだけ……
このままでいさせて欲しいにゃ……」
「ああ」
その温もりが、互いの心を満たしていく。
やがて――
そこへミナとセレスも戻ってくる。
「リーネ……泣いてた?」
「よしよし、全部出せたんですわね」
「ち、違うにゃ!! 泣いてないにゃ!!」
「泣いてたね」
「泣いてましたわね」
「にゃぁぁぁぁ~~~!!」
三人の笑い声が重なり、
ユージ堂の夕方はやさしい色に染まった。
(この子の笑顔もまた……守りたい笑顔だな)
俺はそっと胸の内でつぶやいた。
〈第34話 完〉
【次回予告】
「こんばんは、あなた♡」
艶やかな声。
振り向くと、赤い着物に身を包んだフィーネが立っていた。
狐耳がぴんと立ち、尻尾が優雅に揺れている。
彼女は酒場の招待券を持ってきた。
――次回
第35話「月華亭の夜(上)」
おじさん、異世界の酒場へ!




