第20話-3「セレスを癒やす」
「……じゃあ、今日はセレスにしよう」
俺がそう言うと、セレスの琥珀色の瞳が大きく見開かれた。
「え……私、ですか?」
「ああ。お前、まだ一度も施術を受けたことがないだろう?」
「は、はい……」
セレスの頬が、ほんのりと赤く染まる。
額の金色の紋章が、淡く明滅した。
ミナが不満そうに耳を伏せる。
「え〜、セレスさんばっかり……」
「ミナは明日な」
「……ほんとに?」
「ああ、約束だ」
リーネも尻尾を揺らす。
「いいにゃ〜、セレスさんだけずるいにゃ〜」
「リーネも、明後日」
「やったにゃ!」
セレスが恐縮したように頭を下げる。
「申し訳ございません……」
「謝る必要はない」
俺はセレスの手を取った。
「さあ、行こう」
「は、はい……」
セレスの手が、わずかに震えている。
ミナとリーネが、名残惜しそうに見送る。
「セレス、いいなー……」
「後で、詳しく教えてほしいにゃ……」
「お、お二人とも……!」
セレスが真っ赤になって、俺の後をついてきた。
◇
施術室。
柔らかな光が灯り、薬草の香りが漂う。
セレスは施術台の前で、緊張した面持ちで立っていた。
「あの……その……」
「どうした?」
「服を……脱ぐのですか?」
「上着だけでいい。下着は着けたままで大丈夫だ」
セレスの場合、まだ前の治療からそう時間が経っていない。目視による確認が必要だろう。
「わ、わかりました……」
セレスは、ゆっくりと上着を脱いだ。
白い肌、しなやかな身体。
ミナやリーネよりも、少し大人びた曲線。
金色の髪が背中に流れ、額の紋章が淡く光っている。
(……綺麗だな)
俺は思わず見惚れた。
本当の姿を取り戻したセレス――その美しさは、息を呑むほどだった。
「あの……ユージ様?」
「あ、ああ。すまん。じゃあ、うつ伏せに」
「は、はい……」
セレスが施術台に横になる。
金色の髪が広がり、琥珀色の瞳が俺を見上げた。
「……緊張、しております」
「大丈夫だ。痛いことはしない」
「はい……信じております」
その声は、震えていたが――信頼に満ちていた。
俺は深く息を吸い、集中した。
(霊体を視る)
目を閉じ、意識を研ぎ澄ませる。
セレスの呼吸、心臓の鼓動――その奥にある、魂の波動。
霊体視界が開いた。
セレスの霊体――純粋な金色の、美しい光。
18話で変身の残滓を剥がしたばかり。
だが、まだ――馴染んでいない。
(本当の自分に、まだ慣れていないんだな)
霊体が、わずかに揺らいでいる。
まるで、新しい服を着た子供のように。
「セレス、触るぞ」
「は、はい……」
俺は掌を、セレスの背中にそっと置いた。
ビリッ――
微かな静電気のような感覚。
だが、セレスの場合は――より強い。
「ひゃっ……!」
セレスの身体が、大きく跳ねた。
「な、何ですか、今の……!?」
「霊体に触れた。お前の魂が、俺の手に応えてる」
「魂……」
セレスの額の紋章が、強く明滅した。
「不思議……です……」
「シェイプシフターは、霊体が敏感なんだ。変身能力の代償でな」
「そう、なんですか……」
セレスの声が、かすかに震える。
◇
まず、軽擦法。
肩から背中へ、掌をゆっくりと滑らせる。
「んっ……」
上品な、小さな吐息。
セレスの身体が、わずかに震えた。
「あ……温かい……ですわ……」
「ああ。お前の霊体も、温かい」
俺は掌を滑らせ続けた。
セレスの霊体が、金色に輝いている。
「ユージ様の手……大きくて……」
「力を抜いて。リラックスして」
「は、はい……」
セレスが深く息を吐く。
だが、身体はまだ緊張している。
「セレス、お前――緊張しすぎだ」
「す、すみません……初めてで……」
「謝らなくていい。ゆっくり、呼吸して」
「……はい」
セレスが目を閉じ、ゆっくりと呼吸する。
少しずつ、肩の力が抜けていく。
俺は按圧法に切り替えた。
背中の中央――心兪のツボを、優しく押す。
三秒押して、二秒離す。
「あっ……!」
セレスの声が、わずかに高くなる。
「そこ……胸の奥が……」
「心兪――悲しみや、心の痛みを解放するツボだ」
「悲しみ……」
セレスの声が、震えた。
「ああ。お前は、長い間――自分を押し殺してきた」
俺は指圧を続けた。
セレスの霊体が、少しずつ落ち着いていく。
「はぁ……はぁ……」
セレスの息が、深くなる。
「ユージ様……私……」
「ん?」
「私……本当の自分で、いいのでしょうか……」
その声は、不安に満ちていた。
「何を言ってる。お前は、お前でいい」
「でも……私は、ずっと誰かの代わりでした」
セレスの手が、施術台を握りしめる。
「本当の自分で生きるのが……怖いんです」
「……セレス」
俺は揉捏法に切り替えた。
肩甲骨の周りを、深く、丁寧に揉みほぐす。
「んん……っ」
セレスの声が、甘く震える。
「そこ……深く……されて……」
「ああ。お前の奥に溜まった不安を、ほぐしている」
俺は円を描くように、じっくりと揉み続けた。
セレスの霊体が、金色の光を強めていく。
「はぁ……あっ……ユージ様……」
お嬢様口調が、少しずつ崩れていく。
「気持ち……いい、です……」
「そうか。それでいい」
俺は摩法に切り替えた。
背骨に沿って、掌を大きく滑らせる。
熱を帯びた光が流れ、セレスの全身を包んでいく。
「あああ……っ」
セレスの声が、大きくなる。
「ユージ様……私……何か……」
「怖がらなくていい。お前の魂が、解放されていく」
金色の光が、まばゆく輝いた。
額の紋章が強く明滅し、二重の虹彩が煌めく。
「ユージ様……っ!」
セレスの身体が、弓なりに反った。
そして――
「……ああ」
深い吐息とともに、セレスの身体から力が抜けた。
◇
俺は、セレスの頭に手を置いた。
頭頂――百会のツボ。
「最後に、ここを」
「そこは……?」
「百会――霊体と肉体を統合する、大切なツボだ」
俺は優しく、百会を押した。
「んっ……」
セレスの身体が、淡く光る。
金色の霊体が、肉体に完全に馴染んでいく。
「これが……本当の、私……」
セレスの声が、震える。
「ああ。これが、お前だ」
「私……セレス……」
涙が、ぽろぽろと零れ落ちた。
「ユージ様……ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
俺は手を離した。
セレスは、ゆっくりと身体を起こした。
◇
しばらくして、セレスが顔を上げた。
目は赤く腫れているが、その表情は――美しく、穏やかだった。
「……不思議です」
「何が?」
「初めて……自分が、しっくりきました」
セレスが微笑む。
「霊体と肉体が、ちゃんと繋がった気がします」
「ああ。お前は、本当の自分になった」
セレスは上着を着て、俺を見つめた。
「ユージ様……いえ」
セレスが、少し照れたように笑う。
「……ユージさん」
「ん?」
「これから、そう呼んでもいいですか?」
「ああ。好きに呼んでくれ」
セレスの頬が、赤く染まった。
「……ありがとうございます、ユージさん」
その声は、幸せそうだった。
◇
施術室を出ると、ミナとリーネが廊下で待っていた。
「おかえりなさいませ」
セレスが微笑む。
「セレスさん、顔が真っ赤にゃ!」
リーネが尻尾を揺らす。
「え、えっと……」
セレスが顔を隠した。
「すごく……良かったです……」
ミナがニヤニヤと笑う。
「へえ〜、良かったんだ〜」
「お、お二人とも……!」
三人の笑い声が、廊下に響いた。
温かな、幸せな時間だった。
〈第20話-3 完〉
――次回
第20話B「帰還と予感」
おじさん、安堵の中に次の波を感じ取る。
●第20話B 帰還と予感(下)




