第20話-2「リーネを癒やす」
「……じゃあ、今日はリーネにしよう」
俺がそう言うと、リーネの尻尾がピンと立った。
「やったにゃ! ユージさん、大好きにゃ!」
リーネが飛びつこうとするのを、ミナが止めた。
「ちょ、ちょっと! リーネ、ずるい!」
「えへへ、選ばれたもん勝ちにゃ〜」
リーネがニヤニヤと笑う。
セレスも微笑んだ。
「リーネさん、良かったですね」
「ありがとうですにゃ! セレスさん」
ミナが不満そうに耳を伏せる。
「むー……あたしじゃないんだ……」
「ミナは明日な」
「……ほんと?」
「ああ」
ミナの耳が、少しだけ立った。
「……約束だからね」
「ああ、約束だ」
リーネが俺の手を引く。
「さあさあ、行くにゃ〜!」
「お、おい……」
「わ、私も見学……」
セレスが恥ずかしそうに言いかけたが、俺は首を振った。
「ダメだ。集中できない」
「え〜〜っ!」
ミナとセレスの声が揃った。
「じゃあ、外で待ってるにゃ……じゃなくて、待ってますにゃ!」
ミナが尻尾を振る。
「リーネさん、羨ましいです……」
セレスが名残惜しそうに居間へ戻っていく。
リーネは嬉しそうに尻尾を揺らしながら、俺の後をついてきた。
◇
施術室。
柔らかな光が灯り、薬草の香りが漂う。
リーネは施術台の前で、さっそく服を脱ぎ始めた。
「え、もう脱ぐのか?」
「当たり前にゃ! 早くユージさんに触ってもらいたいにゃ〜」
リーネが上着を脱ぐ。
しなやかな身体、柔らかな曲線。
猫族特有の、しなやかさがある。
別に脱がなくても良いんだが。
まぁでも身体も視認出来るし、良いか。
「じゃあ、うつ伏せに」
「はいにゃ〜」
リーネが施術台に横になる。
耳がリラックスして、尻尾がゆったりと揺れている。
「リーネ、お前――緊張してないな」
「だって、ユージさんにゃもん。怖くないにゃ」
その声は、信頼に満ちていた。
「……そうか」
俺は深く息を吸い、集中した。
(霊体を視る)
目を閉じ、意識を研ぎ澄ませる。
リーネの呼吸、心臓の鼓動――その奥にある、魂の波動。
霊体視界が開いた。
リーネの霊体――淡いピンク色の、温かな光。
だが、背中の中央に、小さな青黒い淀みがある。
(……これは)
抑え込んだ感情の痕。
リーネは、いつも明るく振る舞っていた。
だが、その裏で――何かを我慢していた。
「リーネ、触るぞ」
「はいにゃ〜」
俺は掌を、リーネの背中にそっと置いた。
ビリッ――
微かな静電気のような感覚。
霊体と肉体が、共鳴する瞬間。
「んにゃっ!」
リーネの身体が、ビクリと跳ねた。
「な、何今の……?」
「霊体に触れた。お前の魂が、俺の手に応えてる」
「魂……」
リーネの尻尾が、ゆっくりと揺れた。
「不思議な感じにゃ……」
◇
まず、軽擦法。
肩から背中へ、掌をゆっくりと滑らせる。
「んん〜〜」
リーネが気持ち良さそうに声を上げる。
「温かいにゃ〜……」
「ああ。お前の霊体も、温かい」
俺は掌を滑らせ続けた。
リーネの霊体が、淡く脈打っている。
「ユージさんの手、大きくて……優しいにゃ……」
「力を抜いて。もっとリラックスして」
「はいにゃ〜」
リーネが深く息を吐く。
耳がリラックスして、尻尾の力が抜けた。
俺は揉捏法に切り替えた。
肩甲骨の周りを、円を描くように揉みほぐす。
「あっ……!」
リーネの声が、わずかに高くなる。
「そこ……くるくる、されてる……」
「ああ。お前の霊体の、滞りをほぐしてる」
俺は指を滑らせ、円を描き続けた。
リーネの霊体が、少しずつ光を取り戻していく。
「はぁ……はぁ……」
リーネの息が、甘く乱れる。
「ユージさん……気持ちいいにゃ……」
「そうか。それでいい」
俺は按圧法に切り替えた。
霊体ではなく、肉体を刺激する。
背中の中央、淀みの中心を押す。
三秒押して、二秒離す。
「にゃああっ!」
リーネが、可愛い悲鳴を上げた。
「そこ……ダメ……っ!」
「ダメじゃない。ここに、お前が溜め込んでいたものがある」
俺は指圧を続けた。
青黒い淀みが、少しずつほどけていく。
「はぁ……はぁ……にゃあ……」
リーネの声が、震える。
「ユージさん……あたし……」
「ん?」
「あたし、ずっと……明るく振る舞ってたにゃ」
リーネの声が、かすかに震えた。
「冒険者のパーティで……みんなの、ムードメーカーだったにゃ」
「……リーネ」
「でも、本当は……辛かったにゃ」
俺は手を止めず、摩法に切り替えた。
背骨に沿って掌を滑らせる。
熱を帯びた光が流れ、淀みが溶けていく。
「猫族だから……馬鹿にされたにゃ。"尻尾で遊ばれる種族"って……」
「……」
「でも、あたしは笑ってたにゃ。"にゃはは〜、気にしないにゃ〜"って」
リーネの尻尾が、小さく震えた。
「本当は……すごく、傷ついてたのに」
俺は、リーネの足元に移動した。
足の甲――太衝のツボを、親指で優しく押す。
「にゃっ……!」
リーネの身体が、ビクリと跳ねた。
「そこ……何か……」
「太衝――怒りや、抑え込んだ感情を排出するツボだ」
「怒り……」
リーネの声が、震える。
「あたし……怒って、いいの?」
「当たり前だ」
俺は優しく、でもしっかりと押し続けた。
「お前は、傷つけられた。それに怒っていい。我慢しなくていい」
「でも……」
「我慢する必要はない。ここでは、お前は――ただ、リーネでいい」
リーネの目に、涙が滲んだ。
「ユージさん……」
涙が、ぽろぽろと零れ落ちた。
「あたし……ずっと、我慢してたにゃ……」
「もう、我慢しなくていい」
俺は再び背中に戻り、摩法で全体を包んだ。
温かな光が、リーネの霊体を満たしていく。
「ユージさん……」
リーネの声が、涙を含む。
「あたし……ここにいて、いいの?」
「当たり前だ。お前の居場所は、ここだ」
リーネは、声を上げて泣いた。
小さな身体が震え、涙が施術台を濡らす。
俺は黙って、リーネの背中をさすり続けた。
(この子も、ずっと我慢してきた)
(でも、もう――笑顔を無理に作らなくていい)
◇
しばらくして、リーネの泣き声が止んだ。
見ると――眠っていた。
穏やかな寝息、安らかな表情。
尻尾が、ゆったりと揺れている。
(……安心したんだな)
俺はそっと毛布をかけ、頭を撫でた。
「おやすみ、リーネ」
リーネが、小さく微笑んだ。
「……にゃあ」
その声は、幸せそうだった。
◇
施術室を出ると、ミナとセレスが廊下で待っていた。
「リーネは?」
「眠ってる。疲れてたんだろう」
「そっか……」
ミナが少し寂しそうに言う。
「リーネさん、幸せそうな顔してましたか?」
セレスが微笑む。
「ああ。すごく、安らかだった」
「良かった……」
三人で、しばらく施術室の扉を見つめた。
中から、小さな寝息が聞こえる。
「にゃあ……」
リーネの、幸せそうな寝言だった。
〈第20話-2 完〉
――次回
第20話B「帰還と予感」
おじさん、安堵の中に次の波を感じ取る。




