第20話-1「ミナを癒やす」
「……じゃあ、今日はミナにしよう」
俺がそう言うと、ミナの耳がピクリと立った。
「え……あたし?」
「ああ。お前、ずっと頑張ってたからな。今日くらい、甘えていい」
ミナの顔が、みるみる赤くなる。
「べ、別に……頑張ってなんか……」
「頑張ってたにゃ」
リーネがニヤニヤと笑う。
「ミナ、あっちでも一番頑張ってたにゃ」
「そ、そんなことない……けど」
ミナが顔を背ける。
セレスも微笑んだ。
「ミナさん、素直になっていいんですよ」
「うう……」
ミナの尻尾が、恥ずかしそうに揺れた。
「じゃあ、施術室に行くか」
「……うん」
ミナが小さく頷いた。
リーネが尻尾を揺らす。
「いいにゃ〜、ミナだけずるいにゃ〜」
「わ、私も……見学、させていただいても?」
セレスが恥ずかしそうに言う。
「ダメだ。施術は一対一。集中できない」
「え〜〜っ!」
二人の声が揃った。
「じゃあ、外で待ってるにゃ……」
「ミナさん、羨ましいです……」
リーネとセレスが、名残惜しそうに居間へ戻っていく。
ミナは真っ赤な顔で、俺の後をついてきた。
◇
施術室。
柔らかな光が灯り、薬草の香りが漂う。
ミナは施術台の前で、もじもじしている。
「あの……服、脱ぐの?」
「上着だけでいい。下着は着けたままで大丈夫だ」
霊体だけなら着衣でも良いが、直接身体を確認した方が施術はしやすい。
「う、うん……」
ミナはゆっくりと上着を脱いだ。
小さな身体、白い肌。
背中には、小さな傷跡がいくつか見える。
(……昔の、傷か)
孤児として生きてきた証。
ミナは、多くを語らないが――その身体は、過去を物語っている。
「じゃあ、うつ伏せになって」
「……はい」
ミナが施術台に横になる。
耳が緊張で立っている。
「力を抜いて。深呼吸」
「……ん」
ミナが息を吸い、吐く。
だが、肩はまだ固い。
「ミナ」
「な、何?」
「お前、――貴族の前で、俺を守ってくれたな」
「……うん」
「ありがとう」
俺が手を肩に置くと、ミナの身体がビクリと震えた。
「ユージ……」
「今日は、お前が守られる番だ」
俺は掌を、ミナの肩にそっと置いた。
◇
まず、軽擦法。
肩から背中へ、掌をゆっくりと滑らせる。
「んっ……」
小さな吐息。
ミナの身体が、わずかに震えた。
「あ……温かい……」
「ああ。お前の霊体も、温かい」
俺は霊体視界を開いた。
ミナの霊体――銀色に近い、淡い白の光。
だが、所々に小さな淀みがある。
(……我慢の痕、か)
ミナは、ずっと自分を押し殺してきた。
孤児として、迷惑をかけないように。
マーサさんに、心配をかけないように。
その痛みが、霊体に残っている。
「ミナ。お前の肩、すごく凝ってるな」
「そ、そう? 気づかなかった……」
「我慢しすぎだ」
俺は按圧法に切り替えた。
肩甲骨の下、凝りの中心を押す。
三秒押して、二秒離す。
「あっ……!」
ミナの声が、わずかに高くなる。
「そこ……ん……」
耳が、ピクピクと震える。
「痛い……?」
「ち、違う……痛くない……けど……」
ミナの顔が真っ赤になる。
「……なんか、変な感じ……」
「変?」
「え、えっと……その……」
ミナの尻尾が、もじもじと揺れた。
「……き、気持ち、いい……かも」
小さな声。
恥ずかしそうに、でも正直に。
「そうか。それでいい」
俺は指圧を続けた。
ミナの霊体が、少しずつ光を取り戻していく。
「はぁ……はぁ……」
ミナの息が、深くなる。
「ユージの手……温かくて……」
「力を抜いて。もっと深く、呼吸して」
「う、うん……」
ミナが深く息を吸う。
その瞬間、俺の指が少し深く沈んだ。
「ひゃんっ!」
可愛い悲鳴。
ミナの耳が、ピンと立った。
「あ、あの……今の……」
「どうした?」
「な、何でもない……!」
ミナが顔を伏せる。
耳が真っ赤になっている。
(……可愛いな)
俺は摩法に切り替えた。
背骨に沿って掌を滑らせる。
熱を帯びた光が流れ、淀みが溶けていく。
「んん……」
ミナの声が、甘く震える。
「ユージ……あたし……」
「ん?」
「あたし、ずっと……一人だった」
ミナの声が震える。
「マーサ婆ちゃんに拾われて、温かくしてもらったけど……本当の家族じゃないって、分かってた」
「……ミナ」
「だから、迷惑かけちゃダメって……ずっと、我慢してた」
俺は手を止めず、背中全体を包むように撫でた。
「でも、ユージが来てから――」
ミナの声が、涙を含む。
「――あたし、初めて……家族ができた気がした」
「……ミナ」
「ユージがいて、リーネがいて、セレスさんが来て……」
ミナの尻尾が、小さく揺れる。
「あたし、もう一人じゃない」
俺は、ミナの手を取った。
手のひらの中央――労宮のツボを、親指で優しく押す。
「んっ……」
ミナの指が、俺の手を握り返した。
「そこ……なんか……」
「労宮――愛情を伝えるツボだ」
「あ、愛情……?」
ミナの顔が、また真っ赤になる。
「ああ。お前は、愛されている」
「ユージ……」
ミナの目に、涙が滲んだ。
「ミナ。お前は、もう一人じゃない」
「……うん」
「お前には、帰る場所がある。ここが、お前の家だ」
ミナの手が、震えた。
「ユージ……」
涙が、ぽろぽろと零れ落ちた。
「あたし……嬉しい……」
「泣いていい。我慢しなくていい」
ミナは、声を上げて泣いた。
小さな身体が震え、涙が施術台を濡らす。
俺は黙って、ミナの背中をさすり続けた。
(この子は、ずっと我慢してきた)
(でも、もう――我慢しなくていい)
◇
しばらくして、ミナが顔を上げた。
目は赤く腫れているが、その表情は穏やかだった。
「……ありがとう、ユージ」
「どういたしまして」
ミナは上着を着て、俺を見上げた。
「あたし……もっと強くなる」
「ああ」
「でも、甘えてもいい?」
「当たり前だ」
俺はミナの頭を撫でた。
「お前は、もう家族だから」
ミナの尻尾が、嬉しそうに大きく揺れた。
「……うん!」
その笑顔は、今まで見た中で一番明るかった。
◇
施術室を出ると、リーネとセレスが廊下で待っていた。
「おかえりにゃ〜」
リーネが尻尾を揺らす。
「ミナさん、お顔が真っ赤ですよ?」
セレスが微笑む。
「う、うるさい!」
ミナが顔を隠した。
「でも……すごく、良かった……」
その声は、幸せそうだった。
〈第20話-1 完〉
――次回
第20話B「帰還と予感」
おじさん、安堵の中に次の波を感じ取る。




