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第12話 完璧な令嬢

 ファングレストから馬車で半日。

 アークベルの街が見えてきた。

 人間の貴族が支配するこの街は、獣人の街とは全く違う。

 森を抜けると、白い石造りの城壁が視界に広がった。


「すっご……お城みたい」


 ミナが窓の外に顔を出す。

 その横でリーネは、目をきらきらさせていた。


「本当にお貴族さまのお屋敷ですにゃ。ね、ユージさん、緊張してますにゃ?」


「……まぁ、少しはな」


 門番に書簡を見せると、衛兵たちは驚いたように直立した。


「治癒ギルド推薦の方ですね。お待ちしておりました」


 通された先――中庭には噴水があり、白薔薇が咲き誇っている。


 空気が澄みすぎていて、どこか別世界のようだ。


(……ここまでの金と権力、か)


 屋敷の扉が静かに開いた。

 黒衣の執事が一礼する。


「お待ち申し上げておりました。当家の執事、セバスチャンと申します」


 執事は俺たちを一瞥し、わずかに眉をひそめた。


「……獣人をお連れとは」


 その声には、かすかな侮蔑が滲んでいた。

 ミナの耳が伏せる。

 リーネの尻尾が、ぴたりと止まった。


(……やっぱり)


 リーネは小さく唇を噛む。

 こういう視線には、冒険者時代に何度も晒された。

 それでも――慣れることはなかった。


「獣人の街のギルドに依頼を出したんだ。当然だろう? それに彼女たちは私の助手だ。問題があるか?」


 俺は静かに、だが強く言った。

 執事は一瞬、目を細めたが、やがて頭を下げた。


「……失礼いたしました。では、こちらへ」


 ――何か引っかかるな。

 何故ファングレストに依頼を出したんだ?

 他の人族の街にだって治癒ギルドはあるだろうに。


 案内された廊下は、絨毯が敷かれ、壁には絵画が飾られている。

 一歩踏むたび、靴音が静かに響いた。

 廊下を歩きながら、リーネが明るく言う。


「すごい豪華ですにゃ! 絵も綺麗ですにゃ!」


 だが、その声は少しだけ震えていた。


 俺はリーネの頭をぽんと叩いた。


「お前たちの価値は、そんな奴が決めるもんじゃない」


 リーネの耳が、ぴくりと動いた。


「……ユージさん」


「堂々としてろ。お前たちは、俺の大事な助手だ」


 リーネは尻尾を揺らし、いつもの笑顔を取り戻した。


「はいですにゃ!」


 だが、その目には――わずかに涙が滲んでいた。


 執事が立ち止まる。

 白い扉の前。


「ご令嬢のお部屋です。どうぞ」


 扉が開く。

 部屋の中は、淡い光に満ちていた。

 窓からは庭が見え、白いカーテンが風に揺れている。

 そして――

 ソファに座る少女。

 絹のドレス。

 白金の髪。

 動くたび、光が跳ねるような美しさ。


「ようこそ、遠路をはるばると」


 穏やかな声。微笑み。

 その仕草ひとつひとつが、完璧だった。

 まるで舞台で訓練された俳優のように。


「初めまして。私、この家の娘、エリシアと申します」


「桐谷悠司です。治癒ギルドの推薦で参りました」


 俺は一礼する。

 ミナとリーネも、ぎこちなく頭を下げた。


「こちら、ミナとリーネ。私の助手です」


「まあ、可愛らしい」


 エリシアは微笑み、ミナに手を差し出した。完璧な笑みだ。


「初めまして」


 ミナは戸惑いながらも、その手を取る。


「……ミナ、です」


「リーネですにゃ」


 エリシアは二人の手を優しく握った。


「獣人の方とお話しするのは初めてです。緊張しますね」


「あ、あの……」


 ミナが言いかける。


「でも、とても嬉しいです。お二人とも、とても素敵」


 エリシアの笑顔は、完璧だった。

 だが――その手が、わずかに震えていた。

 リーネは、その震えに気づいた。


(……この人も、無理してる?)


 笑顔の奥に、何かが隠れている。

 まるで――自分を見ているようだった。


 お茶を飲みながら、しばらく談笑した。

 エリシアがカップを持ち上げたとき――

 ほんの一瞬、手が震えた。

 カップが微かに音を立てる。


「失礼しました」


 令嬢は完璧な笑みを浮かべたまま、そっとカップを置いた。


(……この子、何かを隠している)


(まるで、誰かを演じているような……)


 ミナが小声で囁く。


「……人形、みたい。生きてる感じがしない」


 リーネは尻尾を揺らし、明るく言う。


「でも綺麗ですにゃ。お人形さんみたいで素敵ですにゃ」


 だが、その目には――何かが揺れていた。


 俺は切り出した。


「では、お身体を診させていただけますか?」


「ええ、お願いします」


 エリシアが立ち上がろうとした――その瞬間。

 ふらり。

 身体が揺れた。


「っ……」


 ミナが咄嗟に駆け寄り、エリシアセレスを支えた。


「大丈夫ですか!?」


「ええ……少し、立ちくらみが……」


 エリシアは力なく微笑む。

 ミナの腕の中で、小さく震えていた。


(……軽い。こんなに細いのに、無理してる……?)


「ミナ、ソファまで」


「うん」


 ミナはエリシアをソファに座らせた。

 リーネが駆け寄り、クッションを差し出す。


「これ、使ってくださいにゃ」


「ありがとう……」


 エリシアは二人を見て、小さく笑った。


「優しいのですね、お二人とも」


「当たり前ですにゃ。看板娘の仕事ですにゃ」


 ミナも頷く。


「あたしたち、ユージの助手だから」


 エリシアの目が、わずかに潤んだ。


「……そう、ですか」


 リーネは、その表情を見て――胸が締め付けられた。


(……この人、本当は泣きたいんだ)


「すぐに診ます。楽にしていてください」


 俺はエリシアの背後に回り、深く息を吸った。

 集中――。

 霊体視界を開く。

 彼女の身体を包む、淡い光。

 そして――


(……!)


 俺は目を見開いた。

 霊体の光が、二重に絡みあって揺らめいている。

 まるで、誰か別の存在が上からしがみついているような。

 二つの色の霊体が、複雑に絡み合う。

 この金色の霊体は一つは彼女自身。

 もう一つ、銀色の霊体は――誰かの影。


(……これは、どういうことだ?)


「どうかなさいました?」


 エリシアが微笑む。

 目の奥が、かすかに揺れた。


「いえ……少し、気になることが」


 俺は指先を彼女の肩に近づけた。

 触れずとも伝わる、霊体の歪み。


(……確かに、崩れている)


(それも、かなり深いところで)


「では、軽く触れますね」


 指先を霊体の表面に添え、そっと撫でる。

 軽擦法――霊体の表面を整える。


「んっ……」


 エリシアの肩が、わずかに震えた。

 完璧な微笑みが、ほんの少しだけ崩れる。


「力、抜いてください」


 俺は肩甲骨に沿って、掌を滑らせた。

 霊体の表面が、波紋のように揺れる。


「はぁ……」


 彼女の息が、かすかに乱れた。

 横で見ていたミナが、目を丸くする。


(……ユージの手、光ってる)


 霊体の光が、エリシアの肩から背中へと流れていく。

 まるで、水が流れるように。

 リーネも尻尾を揺らす。


(……すごい)


 だが、その目には――何かが滲んでいた。

 俺は次に、肩甲骨の下、滞りの中心に親指を当てた。


 按圧法――3秒押して、2秒離す。


「あっ……」


 エリシアの声が、わずかに高くなる。

 完璧な仮面が、ほんの少しだけ剥がれた。


「そこ……は……」


 言葉が途切れる。

 身体が、小さく震えている。

 ミナが息を呑む。


(……なんだろう。見ちゃいけない気がする……)


 だが、目が離せなかった。

 エリシア表情が、少しずつ柔らかくなっていく。

 リーネが小声で囁く。


「ミナ……お嬢様、泣きそうな顔してるにゃ」


「……うん」


 完璧な微笑みの奥に、何かが滲んでいる。


(……やはり)


 霊体の光が、二重に揺らめく。

 二つの層が、絡み合い、軋むように重なっている。


(この子は、霊体が二つある?)


(いや――そうじゃない。だが二重になって絡み合ってるのは?)


 だが、その亀裂は深い。

 簡単には修復できない。


(……これは、一回では無理だ)


 俺は手を離し、エリシアを見た。


「……どうでしょうか」


 彼女が不安そうに尋ねる。


「正直に言います。あなたの不調は、かなり深いところにあります」


「……」


「一回の施術では、治りません。数日かけて、じっくりと診させていただけますか?」


 エリシアは目を伏せ、小さく頷いた。


「……わかりました」


 そのとき、執事が部屋に入ってきた。


「令嬢、お客様方のお部屋の準備が整いました」


「ありがとう、セバスチャン」


 エリシアは俺を見た。


「よろしければ、この屋敷に滞在していただけますか? 毎日通うのは無理ですし。客室をご用意いたします」


 俺はミナとリーネを見た。


 二人とも、少し戸惑っている。


「……わかりました。お世話になります」


「ありがとうございます」


 エリシアは微笑んだ。

 だが、その瞳の奥には――まだ何かが揺れていた。


 客室に案内され、荷物を置く。

 窓の外には、広い庭が見える。

 噴水の音が、静かに響いていた。


「ユージ……」


 ミナが不安そうに言う。


「あのお嬢様、変だよ。何か隠してる」


「だな」


 リーネは窓の外を見つめたまま、静かに言った。


「……あの人、あたしに似てるにゃ」


「え?」


 ミナが振り返る。


「いつも笑ってるけど、本当は辛いの我慢してる」


 リーネの声が、わずかに震えた。


「あたし、昔――冒険者だったにゃ」


「……!」


「人間のパーティに入ってたけど、獣人だからって、いつも下

に見られてたにゃ」


 リーネは尻尾をぎゅっと抱きしめた。


「でも、弱音吐いたら捨てられるから……ずっと、笑ってたにゃ」


「リーネ……」


「あの人も、きっと同じにゃ。笑わなきゃいけない。完璧でいなきゃいけない。そうじゃないと――」


 リーネの目に、涙が滲んだ。


「――捨てられちゃう、そんな目をしてたにゃ」


 ミナが、そっとリーネの手を握る。


「……もう、大丈夫だよ。今は、ユージがいる」


「……うん」


 俺は二人を見て、静かに頷いた。


「明日、もう一度じっくり診る。あの子の"本当の姿"を、見つけ出す」


 リーネが涙を拭い、いつもの笑顔を取り戻した。


「きっと、お嬢様も救えるにゃ。ユージさんなら」


「……ああ」


 窓の外、夕陽が沈んでいく。


(癒やすべきは――身体だけじゃない)


(この子の"本当の姿"を、見つけ出さなければ)


 〈第12話 完〉


【次回予告】


 令嬢エリシアの霊体に、淡く重なる二つの光。

 それは、彼女が抱える秘密を現していた。

 二度目の施術で、ユージは霊体の亀裂に深く触れる。

 彼女の震えた指先が、微かに問いかける。

「あなたは……本当の私を、癒やせますか?」


 ――次回

 第13話「二重の像」

 おじさん、偽りの微笑みの奥に隠された秘密を見つける。

 ここまで読んでいただいてありがとうございました。


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 作者が物語を続けていく上でのモチベーションがとてもあがります!

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