第8話 灼熱と静寂のあいだで
朝。まだ陽も登りきらぬうちに、第三班は訓練場に集合していた。
バルナ曹長『今日は“実戦形式”の魔法訓練を行う。対人訓練だ。ルールは簡単。魔法を用いた模擬戦、命中すれば勝ち。詠唱、構え、制御……すべてを実戦に即した形で行う』
千寿『ついに来た……魔法バトル……! いや違うな、模擬戦……バトルって言うと怒られるやつだな』
隣でロドルフが鼻息荒く拳を握る。
ロドルフ『へっ、燃えるぜ! 今日こそ俺の“バークレー流・全身全霊火球術”で班最強を証明してやる!』
ユーリ『お前、それ魔法じゃなくて筋肉の名前だろ……暴発すんなよ。俺、保険入ってねぇからな』
リコは無言でバンダナを結び、ヨアヒムは腕を組んで班員全体を見回していた。
バルナ曹長『では最初の組み合わせ――千寿対、リコ』
千寿『……え、俺? え、ちょ、リコちゃん!? ちょっとそれ、予想外すぎて“出力”より“心拍数”上がったんだけど!?』
リコは一言も返さず、ふわりと前へ出る。
灰色の瞳はどこまでも静かで、しかし芯がある。
バルナ曹長『位置につけ。制限時間は三十秒。始め!』
千寿『よ、よぉし……火くん風くん、仲良く、ね? 今日は仲良しでいこう?』
リコは、素早い詠唱なしの動作で、鋭い風の刃を放った。
千寿『うおおおっと!? ちょっ、はっや!? 待ってリコちゃん、その風くん、かなり尖ってない!?』
紙一重でかわすと、千寿も風を込めた炎の矢を放つ。
リコの足元で地面が裂け、土煙が舞い上がる。
ユーリ『おい、こっちはこっちで大概だな……あれが“ポンコツ”の火力かよ』
ヨアヒム『あいつ、妙に実戦で踏ん張るからな。無意識に本気出すタイプだ』
制限時間が迫る中、千寿の二発目がリコの足元をかすめた。
バルナ曹長『終了! 引き分けとする』
千寿『ひぃーっ……命は……ある……リコちゃんの刃、マジでシャレにならんかった……』
リコ『……ごめん。手、抜けなかった』
千寿『いやいや、むしろ手加減されたら僕の存在価値が吹っ飛ぶんで! ありがとう、むしろ本気ありがとう!』
ロドルフ『おーし次は誰だ! このバークレー様が燃やしてやるぜ!!』
その後も、班員たちは次々と模擬戦を行っていく。
クラウスは、冷静に火球を練り上げ、見事な一撃を決めた。
ロドルフは爆発寸前の火力で、ユーリを吹き飛ばしかけてゲイル軍曹に叱られた。
リコは再戦でヨアヒムを沈黙させ、ヨアヒムは「やっぱお前ら、若いな」と肩を回して笑った。
***
午後。
第三班は訓練棟の裏手で休憩を取っていた。
ロドルフ『くそぉ……俺の“全身火球”が暴発で止められるなんてよ……あれは計算だったんだぞ!?』
ユーリ『はいはい。その“計算”が訓練棟吹っ飛ばしかけたんだよ』
リコ『……でも、きれいだった。最後の光』
千寿『それ、“褒め言葉”じゃなくて“走馬灯”だよね……? あれ僕だったら人生フラッシュバックしてたよ……』
そこへ、クラウスがひとり黙って座っているのに気づいた千寿は、そっと声をかけた。
千寿『……今日の一撃、すごかったよ。火球、ブレなかった』
クラウス『……当然だ。俺は“才能”で戦うつもりはない。結果だけを残す』
千寿『うわ、かっこいい。ちょっと真似して言ってみようかな。“才能じゃなくて、結果で生きてます”……あ、恥ずかしいなこれ』
クラウスは小さく鼻で笑ったが、すぐにその顔を背けた。
***
夜、寮舎。
日誌をつけるヨアヒムの隣で、ユーリとロドルフが腕相撲を始め、リコは布団の中で魔導理論の本を読んでいた。
クラウスは黙って小さな炎を指先で転がしていた。
千寿『明日もやるんだろうなあ……魔法訓練。てか、またリコちゃんと当たったら俺どうしよう。次はほんとに斬られそ……』
ヨアヒム『生きてるだけで上出来だろ。新人の模擬戦で、ここまでやれてるのは大したもんだよ、お前ら』
千寿『じゃあ……明日は、今日よりも“ちゃんとした炎”を出したいな。誰かを守れるくらいのやつを』
クラウス『……誰を守るつもりだ』
千寿は少しだけ間を置いて、こう答えた。
千寿『うちの班、かな』
それは冗談とも本気ともつかない言葉だったが――
その場にいた誰も、笑わなかった。
夜の静けさが、ほんの少し、温かく感じられる夜だった