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第7話 届かぬ一歩、響いた声

 朝の訓練場に、乾いた風が吹いていた。


 千寿『ふぅー……今日は風くんの調子がいいかも? よし、火くんと喧嘩せずにいけるか試してみよう』


 蓮也は地面に足を踏みしめ、両手を軽く広げる。


 魔力の“構え”。

 この数日で、彼なりに感覚がつかめてきた。


 千寿『風くん、火くん、そろそろ手をつなごうか。……それともまず、手合わせから?』


 詠唱の言葉を呟くことなく、感覚を集中させる。


 ――風が流れ、火が灯る。


 その交差点に、小さな“光の軌跡”が走る。


 バルナ曹長『……今のは悪くない。詠唱なしでそこまでかすめられるとはな。お前の“感覚型”としての資質は確かだ』


 バルナ・シュトレイフ曹長が腕を組んでうなずく。


 レイ伍長『あとは制御だね。今のままだと暴発しやすい。炎の弓矢は使えるけど、狙いがガバガバ』


 千寿『え、僕の照準ガバガバでした? 心の眼で見ればちゃんと命中してたんだけど』


 レイ伍長『敵の心を撃ち抜けって話じゃないからね』


 和やかな笑いが流れる。


 その中で――


 クラウスは、一人、無言で魔石に手をかざしていた。


 火属性の力が、ぴたりと止まり、浮かんだまま揺れている。


 千寿(……クラウスくん、なんか調子悪そう?)


 思わずそちらに目を向けるが、クラウスはその視線に気づいたかのように顔を背けた。


 クラウス『……見るなよ』


 小さな声。だが、明確な拒絶。


 千寿『……ごめん、つい』


 その謝罪すら、彼には届かなかった。


***


 午前の訓練が終わると、寮舎での昼食。


 食堂ではいつもの定番――黒パンと干し肉、薄い野菜スープ。


 千寿『おぉ、今日は……スープに……あれ? 緑色の何かが入ってる!? これはもしや“野菜”?』


 レイ伍長『葉っぱ一枚でそんな感動されても困るなあ。農務局の皆さんもびっくりだよ』


 そんな会話の最中、クラウスの姿はやはりなかった。


 千寿(どこ行ったんだろ。……あのままだと、ちょっと心配かも)


 その時、ゲイル・ミュラー軍曹が静かに蓮也の横に立った。


 ゲイル軍曹『千寿二等兵。クラウスが姿を見せない。探してこい』


 千寿『……え、僕が? え、いや、あの、なんで僕……?』


 ゲイル軍曹『お前しか“口をきける”相手がいない。それだけだ』


 それは、ある意味で最も厳しい命令だった。


***


 訓練場裏手の倉庫。


 そこに、クラウスはいた。


 寝転がるでもなく、座るでもなく。

 立ったまま、拳を地面に打ち付けていた。


 その拳はすでに赤く腫れ、出血すらにじんでいる。


 千寿『……なにやってんだよ、クラウスくん』


 その声に、クラウスの背中がピクリと動く。


 クラウス『……来るな』


 千寿『いや来るでしょ。ゲイル軍曹の命令だもん。お前の監視任務、任されたから』


 クラウス『……は、ふざけるな。あいつが俺に何を期待してるっていうんだ。俺は“火属性”だぞ。魔法の名家の出身だぞ。なのに――』


 声が震えていた。


 クラウス『お前みたいな、どこの馬の骨とも知れないやつに……遅れをとるなんて……ッ!!』


 その怒りと悲しみに満ちた叫びに、蓮也は静かに口を開いた。


 千寿『……クラウスくん、たぶんね、それ“お前の価値”の話じゃないと思う』


 クラウス『は……?』


 千寿『俺、昨日ちょっとだけ魔法が使えた。でも、あれはたぶん“まぐれ”だし、今日も運がよかっただけだよ。明日にはまたできなくなってるかもしれない』


 千寿は空を見上げる。


 千寿『でも、それでも――やるしかないから、やるんだよ』


 クラウス『……意味わかんねぇよ』


 千寿『わかんないなら、それでいい。けどさ――“俺に負けてる”って思うのは、ちょっと早すぎると思うぞ?』


 その言葉に、クラウスはぎり、と歯を食いしばった。


 クラウス『……お前、ほんと……ムカつく』


 千寿『ありがと。よく言われる』


 それは、確かにムカつく笑顔だった。


 だが、それがどこか――救いのようにも見えた。


***


 その日、午後の訓練。


 クラウス・シュトレングは、誰よりも力強く火球を放った。


 詠唱とともに放たれた赤き魔力は、風に乗ることなく、直線的に的を射抜いた。


 それを見たレイ伍長が、ぽつりとつぶやく。


 レイ伍長『あれは、やっと“自分の魔法”を使えたって顔だね』


 千寿『……うん。あれなら、クラウスくんに抜かれるのも時間の問題かも』


 どこか、うれしそうに。


 そして、すこしだけ悔しそうに

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