第6話 風と火と、初めての共鳴
翌朝。
目覚まし代わりのバルナ曹長の怒号が響くよりも前に、千寿蓮也は目を覚ましていた。
千寿『……へへ、勝った。俺の勝ちだぞ、バルナ曹長』
布団から這い出しながら、ぼそっと勝利宣言。
まあ、昨日の魔法訓練でほんの一瞬だけど“共鳴”らしきものを感じられたおかげで、気分は上々だったのだ。
千寿『今日の俺は一味違う。なんなら、香辛料ふた振りくらい違うぞ』
誰に言うでもなく、そんなことを言いながら制服に袖を通す。
その姿を、隣のベッドからクラウスが無言で睨んでいたのだが――
クラウス『……チッ』
吐き捨てるような舌打ちを残して、無言で部屋を出ていった。
千寿『あー……クラウスくん、今日も機嫌悪そうだなあ。昨日の共鳴が地味に効いてるんだろうか』
苦笑しつつも、蓮也の内心は少しだけざわついていた。
***
訓練は相変わらず厳しかった。
この日は“詠唱訓練”という、魔法を実際に発動させるための基礎演習が行われた。
魔法とは、意志と魔力を“言葉”に乗せることで初めて発現する。
それが“詠唱”。つまり、声に出して魔力に命を与える工程だ。
詠唱の仕方も属性によって異なり、火は「衝動」や「熱」、風は「流れ」や「意識」がキーワードになるらしい。
バルナ曹長『魔法の詠唱は、ただの儀式じゃねぇ。魔力を現実に出すための“引き金”だ。言葉一つで成否が決まる。全員、声を出せ。腹からだ』
一人一人が順番に、共鳴魔石の前で詠唱を試す。
火属性の者が、熱を帯びた火球をぽっと生み出したり。
風属性の者が、微風を生じさせたり。
そんな中で――
千寿『ふー……いくよ、俺。いっちょ、風くん火くん、協力プレイよろしくっ』
左手を風の構え、右手を火の構えに。
千寿『――吹き上がれ、熱き空気の矢よ。火と風よ、ひとつになって飛べ!』
瞬間、風が生まれ、そこに火が宿る。
細く、まっすぐに空へ伸びる“炎の矢”が、訓練場を走り抜けていった。
数秒後――ぽん、と風に消されるように収束。
静寂。
カティア『……これは。確かに、初歩の“火風融合術式”の兆候がありますね』
バルナ曹長『へぇ……初めてにしちゃ悪くねぇじゃねぇか』
レイ伍長『すごいね、蓮也! これはもう“伝説のポンコツ”卒業じゃない?』
千寿『やった……やりました、僕……! ついに“ポンコツ”から“やればできる子”へ進化……!』
本人はヘロヘロになりながらも、達成感で目を輝かせていた。
その様子を見ながら、クラウスはそっと背を向けた。
その拳が、ぎゅっと握られていたことに気づいた者はいなかった。
***
その日の夜。
訓練寮舎の食堂では、珍しく千寿の周りに数人の新兵が集まっていた。
「魔法すげぇな」「どうやったの?」「才能ってやつ?」「コツ教えてよ」
千寿『いやいや、あれ偶然だから。ほら、魔力が“気まぐれ”っていうか……僕はただのお世話係なんで!』
照れ笑いを浮かべながら返す蓮也。
その声は冗談めいていたが、どこか誠実だった。
彼はまだ、自分の“力”に驕っていない。
それが、周囲の“距離”を少しだけ縮めていた。
レイ伍長『ふむふむ、これは……もしかして、“主人公補正”ってやつかい?』
千寿『いやいやいや、そんな補正あるなら最初からもっとマシなスタートだったはずですって』
笑いが広がる。
だが、その空気の外に、クラウスの姿はなかった。
誰よりも自分に誇りを持ち、誰よりも“優れているべき”と信じていた彼にとって、
今の状況は、おそらく――耐えがたいものだった。
***
その夜、蓮也はいつものように天井を見上げていた。
千寿(……今日は、けっこう……がんばった、よな)
身体はくたくた。頭もぐらぐら。
けれど、心の奥には、小さな“火”が灯っていた。
千寿『魔法……使えるようになりたいな。ちゃんと。誰かを守れるくらいに』
それは、昔の夢の続きだった。
院長がくれた“千寿”という名。
その名に、ちゃんと意味を持たせるために。
千寿『……よし、明日もがんばるか』
その言葉を枕に、蓮也は静かに目を閉じた。
風が、窓の外で優しく鳴いていた