表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

第5話 炎と風の学び舎

 訓練場の午後は、空がやたらと青かった。


 千寿『くぅーっ……太陽さんよ、もうちょい空気読んでくれよ。今この瞬間、僕の“火属性”が日光に嫉妬して暴れそうだぜ……』


 誰にともなく、そんなことを呟く蓮也。


 だが実際には、うまくいっていなかった。

 魔力は乱れ、集中は散り、渦巻くようなあの“感じ”は再び訪れてくれない。


 千寿『うーん……昨日の“奇跡”は、やっぱ一夜限りだったのかな? ねえ、誰か“二日目に調子崩すあるある”って教えてよ……』


 両手を組み、膝に乗せて深呼吸。


 ――深く、深く、空気を吸い込み、体内の魔力を感じ取る。


 だが、感じ取れたのは。


 千寿『腹の虫の声だけっていうね』


 クラウス『……お前、それでも双属性かよ』


 隣からの冷笑。


 だが、蓮也はくるりと振り返って、にこやかに応じた。


 千寿『そう言うなよクラウスくん。昨日の“奇跡の双属性様”も、今日はただのポンコツだ。ほら、人間らしくて好感持てるだろ?』


 クラウス『持てねぇよ。薄ら寒いだけだ』


 そう言いつつも、クラウスの眉間にはほんのわずかに迷いがあった。


 ――こいつ、本当に“ふざけてる”だけなのか?


***


 魔法訓練の合間。小休憩。


 蓮也は、隅っこのベンチで座っていた。

 汗はすでに乾き、シャツが重たい。


 その時、横から声がかかった。


 レイ伍長『……なかなか苦戦してるね』


 千寿『いやー、困ったもんですわ、伍長。期待されるって、逆にやりづらいですよね。そこの魔石も“昨日の俺と別人”って言ってますよ』


 レイ伍長『ふふ。君、落ち込んでる割に口は元気だね』


 千寿『口が動かなくなったら、僕は終わりなんで』


 レイは目を細めると、ポンと蓮也の肩を軽く叩いた。


 レイ伍長『ま、その軽口が保てるうちは大丈夫だよ。……ただ、君の力は“軍の資産”になる可能性がある。そのつもりで覚悟はしといた方がいい』


 千寿『“資産”っすか。なんか一気に物扱いに……あ、いや、了解です』


 そこに、バルナ曹長が戻ってきた。


 バルナ曹長『休憩終わりだ。千寿、お前もう一度やってみろ。さっきの構えじゃ、風と火が喧嘩してる』


 千寿『うちの子たち、仲悪いんですよねー……ちょっと冷却期間あげたいっす』


 バルナ曹長『……軍に“冷却期間”なんてものは存在しねぇ。動くか死ぬかだ』


 千寿『……ですよねー!』


 苦笑しながら立ち上がる蓮也。その笑顔の下で、彼の手はきつく握りしめられていた。


 (やるしかない。やるしか、ないんだ)


***


 再び“共鳴”の時間が訪れた。


 立ち位置、姿勢、呼吸――すべてを整えて、魔力を感じ取る。


 バルナ曹長『風は導き、火は形を与える。焦るな。お前の中にある魔力が、何をしたがっているかを感じろ』


 千寿『……魔力の、気持ち……ですか?』


 バルナ曹長『俺の言葉を疑うなら、一生使えんで終わりだな』


 千寿『よーしよし、うちの子……今日は頼むよ……風ちゃん、火くん、仲直りしようか? なんか昨日は……ごめんね?』


 ――静寂。


 ……だが、次の瞬間。


 “風”が舞った。砂がわずかに巻き上がる。

 そこに、ぽっ、と浮かぶように“火”が灯る。


 それらは、完全ではないながらも――

 明らかに、同じ方向へ流れていた。


 カティア『……今のは、確かに。複合魔法の兆しです』


 いつの間にか観察に来ていたカティア・レイセが、淡々とつぶやく。


 その言葉に、空気がまた変わった。


 クラウスは何も言わず、ただじっと、蓮也の背中を睨みつけていた。


 千寿『ふぅ……やったー……! これで僕も“やれる男”の仲間入りかな……?』


 レイ伍長『まだ“入口”だよ。君はね、“双属性”であることを証明しただけで、それを“武器”にする訓練はこれから』


 千寿『ですよねー! 知ってました! 今の発言、ちょっと調子乗ってた! 反省してます!』


 そう言って笑う蓮也の目は――

 本当に、わずかだが、光を帯びていた。


***


 その夜。


 蓮也は眠れなかった。


 寮の天井を見つめながら、心の中でつぶやく。


 千寿(……今日は、少しだけ、俺にも“できるかもしれない”って思えた)


 孤児院で夢見た“誰かの役に立つ力”。

 あの日、院長に言われた言葉が、また胸に浮かぶ。


 ――“意味を与えろ。名前に、力に、お前自身に”


 千寿『まだ全然ダメだけど。……でも、きっと、ここからだよな』


 目を閉じる。


 その夜、千寿蓮也の夢は――不思議と、穏やかなものだった

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ