第5話 炎と風の学び舎
訓練場の午後は、空がやたらと青かった。
千寿『くぅーっ……太陽さんよ、もうちょい空気読んでくれよ。今この瞬間、僕の“火属性”が日光に嫉妬して暴れそうだぜ……』
誰にともなく、そんなことを呟く蓮也。
だが実際には、うまくいっていなかった。
魔力は乱れ、集中は散り、渦巻くようなあの“感じ”は再び訪れてくれない。
千寿『うーん……昨日の“奇跡”は、やっぱ一夜限りだったのかな? ねえ、誰か“二日目に調子崩すあるある”って教えてよ……』
両手を組み、膝に乗せて深呼吸。
――深く、深く、空気を吸い込み、体内の魔力を感じ取る。
だが、感じ取れたのは。
千寿『腹の虫の声だけっていうね』
クラウス『……お前、それでも双属性かよ』
隣からの冷笑。
だが、蓮也はくるりと振り返って、にこやかに応じた。
千寿『そう言うなよクラウスくん。昨日の“奇跡の双属性様”も、今日はただのポンコツだ。ほら、人間らしくて好感持てるだろ?』
クラウス『持てねぇよ。薄ら寒いだけだ』
そう言いつつも、クラウスの眉間にはほんのわずかに迷いがあった。
――こいつ、本当に“ふざけてる”だけなのか?
***
魔法訓練の合間。小休憩。
蓮也は、隅っこのベンチで座っていた。
汗はすでに乾き、シャツが重たい。
その時、横から声がかかった。
レイ伍長『……なかなか苦戦してるね』
千寿『いやー、困ったもんですわ、伍長。期待されるって、逆にやりづらいですよね。そこの魔石も“昨日の俺と別人”って言ってますよ』
レイ伍長『ふふ。君、落ち込んでる割に口は元気だね』
千寿『口が動かなくなったら、僕は終わりなんで』
レイは目を細めると、ポンと蓮也の肩を軽く叩いた。
レイ伍長『ま、その軽口が保てるうちは大丈夫だよ。……ただ、君の力は“軍の資産”になる可能性がある。そのつもりで覚悟はしといた方がいい』
千寿『“資産”っすか。なんか一気に物扱いに……あ、いや、了解です』
そこに、バルナ曹長が戻ってきた。
バルナ曹長『休憩終わりだ。千寿、お前もう一度やってみろ。さっきの構えじゃ、風と火が喧嘩してる』
千寿『うちの子たち、仲悪いんですよねー……ちょっと冷却期間あげたいっす』
バルナ曹長『……軍に“冷却期間”なんてものは存在しねぇ。動くか死ぬかだ』
千寿『……ですよねー!』
苦笑しながら立ち上がる蓮也。その笑顔の下で、彼の手はきつく握りしめられていた。
(やるしかない。やるしか、ないんだ)
***
再び“共鳴”の時間が訪れた。
立ち位置、姿勢、呼吸――すべてを整えて、魔力を感じ取る。
バルナ曹長『風は導き、火は形を与える。焦るな。お前の中にある魔力が、何をしたがっているかを感じろ』
千寿『……魔力の、気持ち……ですか?』
バルナ曹長『俺の言葉を疑うなら、一生使えんで終わりだな』
千寿『よーしよし、うちの子……今日は頼むよ……風ちゃん、火くん、仲直りしようか? なんか昨日は……ごめんね?』
――静寂。
……だが、次の瞬間。
“風”が舞った。砂がわずかに巻き上がる。
そこに、ぽっ、と浮かぶように“火”が灯る。
それらは、完全ではないながらも――
明らかに、同じ方向へ流れていた。
カティア『……今のは、確かに。複合魔法の兆しです』
いつの間にか観察に来ていたカティア・レイセが、淡々とつぶやく。
その言葉に、空気がまた変わった。
クラウスは何も言わず、ただじっと、蓮也の背中を睨みつけていた。
千寿『ふぅ……やったー……! これで僕も“やれる男”の仲間入りかな……?』
レイ伍長『まだ“入口”だよ。君はね、“双属性”であることを証明しただけで、それを“武器”にする訓練はこれから』
千寿『ですよねー! 知ってました! 今の発言、ちょっと調子乗ってた! 反省してます!』
そう言って笑う蓮也の目は――
本当に、わずかだが、光を帯びていた。
***
その夜。
蓮也は眠れなかった。
寮の天井を見つめながら、心の中でつぶやく。
千寿(……今日は、少しだけ、俺にも“できるかもしれない”って思えた)
孤児院で夢見た“誰かの役に立つ力”。
あの日、院長に言われた言葉が、また胸に浮かぶ。
――“意味を与えろ。名前に、力に、お前自身に”
千寿『まだ全然ダメだけど。……でも、きっと、ここからだよな』
目を閉じる。
その夜、千寿蓮也の夢は――不思議と、穏やかなものだった