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第10話 風の行方、火の証明

 訓練が終わり、空を見上げたあの午後から――季節が三度、巡った。


 風は強く、火は穏やかに。

 千寿蓮也は、魔法と、生き方と、仲間との関係に向き合いながら、ゆっくりと歩みを進めていた。


***


 三年前。訓練初日、右も左もわからなかった頃。


 クラウス・シュトレングとはすぐに衝突した。

 リコ・ヴァルクとは会話すら成り立たなかった。

 ユーリには嫌味ばかり言われ、ロドルフの怪力に振り回され、ヨアヒムには「お前は足元を見ろ」と冷たく言われた。


 だけど、今は違う。


 千寿『行くぞ、火くん風くん! 今こそ兄弟力を発揮する時です!』


 詠唱なし。魔力の収束だけで、千寿の掌から放たれた炎と風の矢が、標的の中心を射抜いた。


 バルナ曹長『――命中。制御良好。次』


 その声に、第三班の面々が次々に前へ進み、それぞれの魔法を披露していく。


 ロドルフ『いっけぇえええ!! 火の大爆発砲ォォォ!!』


 リコ『……風よ、流れて』


 ユーリ『言われなくてもやるっつーの。詠唱――“縛れ、閃風”』


 クラウス『……ふん。火は、俺の血そのものだ』


 千寿は後ろでそれを見守りながら、少しだけ笑った。


 千寿(みんな、強くなったな)


 あの日、「火と風」を制御できなかった自分が、いまや班内の魔法制御訓練では指導役を任されることすらある。

 変わったのは、技術だけではない。心だ。


 そして、今日。


 この三年間の節目が訪れる。


***


 午後。訓練大隊本部前。


 中庭には、第三小隊全員が整列していた。


 バルナ曹長、レイ伍長、ゲイル軍曹。そして、小隊長のロジェ・ハイドリヒ曹長が前に立ち、訓示を行う。


 ロジェ曹長『これより、第三小隊・訓練課程三年満了に伴う“昇進者・推薦者”の通達を行う。静粛に』


 空気が張りつめる。


 ロジェ曹長『まず、上等兵へ昇進する者。千寿蓮也、リコ・ヴァルク、クラウス・シュトレング。以上、三名』


 名前が呼ばれた瞬間、周囲の視線が一斉に集まった。


 千寿(……マジか、俺、上等兵……)


 ロジェ曹長『千寿二等兵、前へ』


 千寿『は、はいっ!』


 少し足が震えたが、それでも胸を張って前へ出る。


 ロジェ曹長『千寿蓮也。魔法適性複合属性、実技優秀、制御訓練指導補助などの貢献が認められ、上等兵へと昇進を命ずる』


 階級章が手渡される。銀色の縁に、中央に小さな双剣の意匠。


 千寿(これが、俺の……新しい肩書)


 次いで、クラウスとリコも呼ばれ、それぞれが昇進章を受け取った。


 クラウスは眉ひとつ動かさず、リコは小さくうなずいた。


 後方で見ていたロドルフが、そっと拍手する。


 ヨアヒムは何も言わず、わずかに頷いた。


 ユーリは――ふっと目を細めた。


***


 その後、班内推薦による「配属候補者」の発表が行われた。


 レイ伍長『ロドルフ・バークレー、体術・近接戦闘において顕著な成績あり、近接戦部隊・火槍大隊への配属推薦とする』


 ゲイル軍曹『ヨアヒム・グレンデル、戦術理解と統率適性により、訓練教導班・副教官候補に推薦』


 千寿(……すげぇ、ヨアヒム先輩が“教官候補”って)


 推薦されたふたりは、少し照れくさそうな表情を浮かべていた。


 こうして、第三班の面々にもそれぞれの“次”が示された。


 それは、ただの通過点ではなかった。


***


 夕暮れ。寮舎裏。


 千寿は、階級章を指でなぞっていた。


 千寿『……上等兵、か。俺にも、できるんだな』


 気づけば、足元には風が吹いていた。


 優しく、揺れるような風。


 その風の先に、誰かの気配。


 クラウス『……お前の昇進、文句はない。実力だ』


 千寿『おお、素直クラウスくんモードだ。今日は雨が降るかな?』


 クラウス『うるさい。けど……まあ、三年前のお前じゃ、無理だったな』


 千寿『三年前のお前も、な』


 二人は顔を見合わせ、苦笑する。


 クラウス『リコも上等兵か。あいつ、昔は声すら聞こえなかったのにな』


 千寿『最近は、ちゃんと文句言うからね。“声がうるさい”とか、“魔力がうるさい”とか』


 クラウス『魔力にまで言われるのか、お前……』


 千寿『まあ、成長ってやつかな』


 風がふたりの間を抜け、空へと昇っていく。


***


 夜。寮舎の一室。


 班員たちがそろっていた。


 ユーリ『はい注目! 本日限りで“ポンコツ千寿”は卒業となりました! 明日からは“ちょいマシ千寿”になります! 以上!』


 ロドルフ『よっしゃ、昇進祝いだ! 俺の筋肉見せたる!!』


 リコ『いらない』


 ヨアヒム『……まあ、三年間、お前らよくやった』


 その言葉に、みんなの表情が少しだけ引き締まる。


 訓練の厳しさも、涙も、喧嘩も、笑いもあった三年間。


 千寿は、部屋の隅で一度、深く息を吸った。


 千寿(これが俺の始まり。これが、上等兵・千寿蓮也の、第一歩)


 天井を見上げると、そこには何もないはずなのに――


 風と火が、寄り添っているような、そんな気がした。


 名もなき兄弟の魔法と共に、千寿蓮也の物語は、まだ続いていく。

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