帰宅
三題噺もどき―ろっぴゃくじゅう。
「……っかれた」
首元を緩めながら、ソファに座り込む。
このまま眠りについてしまいたいほどだった。
しかし、風呂には入りたいし、空腹もみたしたい。
「……お疲れさまでした」
そう口にする本人も、かなり疲れた様子で立っている。
見やれば、いつもの見慣れた、小柄な少年の姿に戻っていた。
あちらにいる間は、私よりも若干身長の高い、すらりとした青年……ようは大人の姿でいたから、それもあって疲労が溜まったんだろう。普段からその恰好で居ればいいのにと言ったのだけど、無駄なエネルギーを消費するので疲れると言っていたし。
「……風呂に入るか?」
「……いえ、先に食事の準備をしておきます」
まぁ、それがコイツのストレス発散にもなっているから、そこは大人しく任せよう。
今日はさすがに疲れているだろうから、私が作ってもよかったのだが。
もしかしたら、私が起きるより前に起きて作り置きとかをしているかもしれないし、分からないが……とにかくまぁ、こちらは大人しく風呂に入るとしよう。
「……たのんだ」
そうとだけ告げ、風呂場に向かう。
着替えを部屋に取りに行かないといけないが、とにかく先に流したいと言う気持ちが勝ってしまい、足は風呂場に向いた。
最悪、風呂上りに取りに行けばいい。
「……」
もう少し時間と体力に余裕があれば風呂でも溜めるのだけど、生憎そんな気力は残っていない。
浴室の戸を開け、シャワーを出しておく。初めは冷たい水が出てくるが、脱ぎ終わるころにはお湯が出るようになっているだろう。
「……」
着用していた服を適当に脱ぎ捨て、洗濯機に放り込んでおく。
もう二度とこの正装なんてものは着たくもないので、捨てていいなら捨てたいんだが。そういうわけにもいかなくて。
「……」
洗濯機横に置かれた棚から、タオルを一枚取り出す。
それを持ったまま、浴室へと入り、シャワーが温まったことを確認する。
タオルは濡れないように、浴室内に設置された棚の上の段に置いておく。
「……」
シャワーを手に持ち、頭からかける。お湯の温度に慣れないうちにかけるのは、この時期よくないらしいが、それは人間の話なのでまぁ、今日はいいだろう。
いつもはもっと大人しく履いているさ。
「……」
体が冷え切っていたせいか、いつも以上に熱く感じた。
シャワーの当たる先から、熱で溶けるのではないかと錯覚するほどに熱く。
体を覆っていた緊張と、汚れた何かが、洗い流され。
「……っふぅ」
こぼれた溜息と共に、一気に緊張がほぐれた。
これだけでもだいぶ、疲れが取れるものだ。風呂は心の洗濯というのをどこかで聞いたが、確かにそうだと、この時期になると感じる。
「……」
立ったままもなんなので、風呂椅子に座り、頭や体を洗っていく。
泡を立てながら、頭の中を巡るのは、今日あったあれこれで。
まぁ、何年たっても、いつになっても、この時期は嫌いだ。
「……」
ただでさえ、あの国に行くのも、あの家に行くのも嫌なのだ。挨拶回りなんて勝手にしてくれればいいのに。こちらには関係ないのに……。
そもそも、お前らが大好きな従順な弟がいるのだから、そいつにやらせればいい。こんな家出同然のようにいなくなったやつを、わざわざ探し出して、毎年出席させる意味が分からない。いつの間にか勝手に退き、家督を継がせた気になっているようだが。誰もそんなもの欲しいとは言っていないし、いらないし、それこそ弟にあげろと言いたい。
「……」
何が楽しくて、権力と金にしか興味がないようなやつらと会わないといけないのだ。こちらに媚びへつらうやつもいれば、いいように使おうとしてくる奴もいれば……それを隠そうともしないろくでもないやつらの相手なんて誰が好き好んでやるのだ。
「……」
それでもまぁ、弟はまだ幼いと言えば幼いし……血のつながりはほとんどないようなものだから詳しくは知らないが、どうやらハーフかクォーターと言うし。関係ないと切り捨ててしまってもいいのだけど……。
この時代に、あんな時代遅れなことをしているから、減っているのに。
何が楽しくてあんなお祭り騒ぎをするんだろうな……。舞踏会といえば多少聞こえはいいかもしれないが、あんなもの……ただの地獄が繰り広げられているだけだって言うのに。
「……」
頭を洗い流し、体を洗い流し。
少し温度を上げたお湯で、更に全身を流す。
この熱で忘れてしまえれば最高なのに。
「……あがったぞ」
「先に食べますか?」
「いや、入ってこい」
「わかりました、鍋だけ見ておいてください」
「……お前よく、こんなに作ったな」
お題:挨拶・溶ける・お祭り