3話 女子高生たちと駅前スイパラ
『〜〜以上を持ちまして今年度の入学式を終了と致します。新入学生の皆様は、先生方の案内に従って教室へと向かってください』
長ったらしい校長の話を最後に天塚西高校の入学式は終わり、晴れて高校生活の始まりとなる今日。
先生方から一年生の教室の場所まで案内を受けて私のクラスとなる一年B組の教室へ入っていく。
机に目を向けると、名前の書かれたシールが貼ってあって名前順に机が決まってるみたいで自分の名前の席は割とすぐに見つかった。
教室の席数は横六列の縦五列の三十で、私の席はその横右から三番目の前から三番目……何とも言いにくい位置だなぁ。
カバンを机横のフックにかけて席に座り周囲を眺めると、私みたいに席に座ってるだけの人も居れば、男子だけのグループに女子だけのグループ、あるいは男女混ざったグループで既に仲良さそうに話をしている人もいる。
せっかくだし私も話に混じりに行った方が良いのかなこれは。
「ねぇねぇ、その真っ白い髪の毛って脱色したの?あたしと同じで高校デビューってやつ?」
席を立とうとしたとこに後ろから肩をポンと叩かれて後ろを振り向く。
茶髪でパッチリとした大きい瞳の女子がそこに居た。
「これ?染めたとか脱色したんじゃんじゃなくて全部ただの若白髪だよ。色抜けしたって意味では脱色かもしれないけどオール地毛」
「へー、脱色したんじゃなくて若白髪……いや若白髪ってレベルじゃなくない!?」
それはそう。
なんならちゃんと見てみる?と頭を出す。
「おお〜髪染め特有の根元の部分が染まりきってないってのが無い……」
「凄いでしょ?えーっと……」
「あ、ごめんまだ名前言ってなかったね。あたしは『浅江 留美』、よろしくね」
「私は澄川五十鈴、よろしくね浅江さん」
「そんなさん付けしなくて良いって。あたしの事は浅江でも留美でも呼びやすい呼び方で良いよ」
「んじゃあ留美で。それじゃ私の事もスズで良いよ、周りの人からもスズって呼ばれてるし」
「オッケーだよスズ!」
高校初日で一人仲良くなれた(と思う)のはスタートダッシュとしてかなり上出来では?
と思っているとガラッと音を立てて教室のドアが開き、紙束を持ってスーツ姿の女性が入ってくる。
「よーしみんな席に着けー。話したい事はあるだろうけどまた後でな」
女性がそう言うと、みんなそれぞれ自分の席に着いて静かになる。
「それじゃまず、みんな天塚西入学おめでとう。入学式も終わって君たちは今日から天塚西高校の一年生として高校生活がスタートする。中学生の時とはまた違う事も多いと思うけど、最初は少しずつ慣れていってほしい」
そう言って女性は紙束を持って各席をまわり紙をみんなに渡していく。
私も紙を受け取ると、時間割り表や学校内の地図だったりと書かれた数枚の紙がクリップ留めされていた。
「これで全員に行き届いたかな?それじゃあそろそろ先生の事も気になってきただろうから、みんなで自己紹介の時間といこうか。わたしの名前は『東條純子』で、このクラスの担任で担当科目は歴史を受け持っている。授業中寝るのは止めないが、テストで困っても自己責任だからな?」
と先生の自己紹介が終わると、次は私たちの版として名前順であ行の最初の人から自己紹介が始まっていく。
名前だけの自己紹介や趣味や好きなものも言っていく自己紹介など人によって違い、ついに私の版になった。
「私は澄川五十鈴です、よろしくお願いします。それとこの髪の毛はただの若白髪なので地毛です」
まぁこんなもんで良いかな。
特に滞り無く自己紹介は進み、学校の中を歩いて学食や各教室の場所を見たりガイダンスなども済み、あっという間に高校初日も終わりに近づいてきた。
「じゃあ今日は初日という事で午前中に終わりになるけど、明日は身体測定で明後日から授業が始まるから、忘れないうちに時間割りと持ってくる教科書の準備はしておくように。では日直……は今日はまだ居ないから、今回はわたしが号令しよう」
起立、気を付け、礼
「よーしみんなさようなら、何処か遊びに行っても良いけどトラブルには気を付けろよー」
よーし終わり終わり。
男子も女子も帰りにどこ行くー?って話してるし私も誘われたら行こうかな精神でカバンを持って帰宅準備。
私から誰か誘うにも、ゲーセンとか何処か食べに行くくらいしか思いつかないし……留美は他の女子と話してるみたいで声をかけるタイミングが見つからない、残念。
んーむ、無理に今日でなくても同じクラスなら明日以降でいつでも機会はあるだろうし、今日はまっすぐ帰るとしますかね。
「おーい、スズー!」
と思ったら後ろから留美の声。
なーに?
「あたしたち、これから駅前のデパートに遊びに行くんだけど、スズも行くー?」
「行く」
「決まりだね!」
帰ろうと思ってたけど撤回、誘われたら行くっきゃないでしょ!
「で、何しに行くの?」
「そりゃあねえ、せっかくクラスメイトになったんだから交流を深めるためにだね?」
「特に何するか決めてないけど、とりあえずご飯食べるついでに三人で遊びに行こうって感じ」
「なるほどね」
留美の隣に居る娘の言葉に頷く。
確か名前は……
「あ、わたしは『水城 葵』。水の城って書いて水城って読むの、よろしく」
「あ、私は澄川五十鈴、スズで良いよ」
「それじゃあわたしも葵で良いよ」
「オッケー」
「よーし、それじゃそろそろ行こう!」
〇 ● 〇 ● 〇 ●
「へー、二人とも隣町から電車で来てたんだ」
「うん、わたしと留美は同じ中学校の出身」
「地元でも近場に高校はあったんだけど私立でさー、お金かかるし偏差値も高めであたしたちにはちょっとキツイよねってなって、電車乗ってでも数駅くらいならいいかなって思って偏差値的にも大丈夫そうな天塚西を選んだの」
駅前のデパート『AION』への道中、通っていた中学校の話になって知った二人の中学校と今の高校を選んだ理由。
電車にほぼ毎日乗って来るのって大変じゃない?と思って聞いてみたけど、二人とも駅に近い場所に住んでいて家から高校までは一時間とかからないらしい。
「それより、スズの家って駅とは反対側でしょ?そっちこそ帰り大丈夫なの?」
「反対側って言っても、家から駅と高校は同じくらいの距離だから平気だよ」
「それでも片道三十分くらいはかかるんじゃない?」
「まーそこは慣れかな」
最近は全然来てなかったけど、以前はデパートまでの道を何度も歩いてたから実際慣れの問題かなーと私は思う。
そして見えてきた電車の駅とその目の前にあるデパート。
「さっき途中でこっちのアイオン調べたらさ、ついこの前新しくスイパラができたみたいだよ?」
「マジ?ここしばらく来てなかったから知らなかったなぁ」
「スイパラ……ッ!」
「お、やっぱり葵は反応したね?」
「学校終わりに毎回寄れる場所にある……控えめに言って神」
「ほとんど毎日寄ってたら流石に太っちゃうよ?」
「行くとこまで行ったら太るよりも逆に痩せるって聞いた」
「それは甘いものがかなり制限されるような事になりそうだから自重しようね」
スイパラーースイーツパラダイスとは言ったもので、種類が豊富なケーキにタルトを始めとして、アイスにパンケーキと言った甘いものがたくさん食べられる店ーーと私は認識している。
だけどスイパラかー。
家の近くとか良く行くゲーセンの近くには無かったから、話では知ってても実際に行くのはは初めてなんだよね。
留美に調べた内容を聞くと、ここのスイパラはメニューから選ぶレストランと同じ形式みたいで、葵は他のスイパラにあるバイキング形式じゃない事に「毎日来てたら出費がかさむ……残念」とちょっと落ち込んでいた。
「まぁまぁ、たまに行こうと思ったらいつでも行けるんだし良いんじゃない?」
「確かに……いつでも行けるのは強い」
「私も気が向いたらいつでも行けるな……」
私の場合は大食いだから、バイキング形式だと自重が効かないであるだけ食べまくる可能性がある。
……むー、バイキング形式じゃないのがちょっと残念だなぁ。
「あ、そうだ!今のうちに電話番号とかメアドとか色々と交換しよ!」
「此処で?スイパラで食べながらでも良いんじゃない?」
わざわざデパートの前でしなくても、中で座って落ち着いてからでも良さそうなのに。
あ、スイパラで食べてるうちに忘れそうだから忘れないうちにしときたい?
それなら納得。
という訳で電話番号とメアド、二人は通話やチャットアプリの『RINE』も交換しようってなったんだけど……ごめん、私そのアプリ使ってないんだよね。
「RINEを使ってないなら何か別のでも使ってるの?」と留美に聞かれて教えたのは世界中の格ゲーマーたちが愛用している『Jiscode』というアプリ。
文字のチャットやスタンプはもちろん、通話としてボイスチャットや画像に動画やSNSのリンクを貼ったり、ボイスチャット中に自分のPCやスマホで配信ができる画面共有機能など諸々の事ができると、仲の良い格ゲーマーとのチャット履歴でわかりやすい部分を捜して実例を見せていく。
「え、凄いじゃんこれ」
「もしかしなくてもRINEよりやれる事多い……?」
お、思ったより二人に好印象っぽい。
複数の鯖……もといサーバーを作ってそれぞれ別の集まりもできるから、この三人だけのサーバーも作れるし、後からサーバーに招待して人数を増やす事もできるのだ。
「という訳でね、私としてはJiscodeもかなりアリだと思うけど……どうする?」
「「Jiscode使う」」
二人して即答するほど良かったのね。
うんうん、Jiscodeは良いぞ。
「それじゃあいつまでもデパートの入り口で話してるのも何だし、そろそろ中に入らない?後でスイパラで食べながらでもアプリと登録の仕方教えるから」
「ありがとー!にしてもスズってゲーム好きだったんだね」
「わたしもたまにゲームはやるけど、格闘ゲームは全然やらないかな……。それにこういうアプリがある事も全然知らなかった……」
「あーまぁ去年でたばかりのアプリだしね。格ゲーマーはみんな便利だから使ってて、私もゲーセンで仲の良い格ゲーマーに教えてもらって知ったんだ」
「へー、なんかスズの新たな一面が見れてちょっと嬉しいかも……あ、あそこがスイパラじゃない?」
留美が指さした先にある店。
入り口の上に『SWEETS FANTASIA』とファンシー?な飾り付けとともに書かれてるから店名からしてそうだと思う。
「早く行こ!」と留美が一足先に店に向かっていくのを二人で追いかけると、店の前に居る人たちが何か話しているのが耳に入った。
「すげぇ美人じゃん……しかも可愛い」
「あの奥に座ってる人、雑誌のモデルさんかな?」
「アレってコスプレか何かなのかな?映える人ってどんな格好でも似合うものなのね」
ほうほう、何か凄い人がスイパラに来てるみたいね。
私や葵の位置からだと良く見えないからわからないけど、先に店の前に来ていた留美も「あの金髪の人凄い美人じゃん……」と店の中を覗き込んでいるから本当に美人なんだろう。
……コスプレって聞こえたのがちょっと気になるけど、そこはまぁ良いかな。
店の中自体は入り口近くで幾つか席が空いてるのが見えて、店の前に居ても邪魔だし入ろうと留美に声をかけて三人で入っていく。
「三名様ご来店でーす」
四人席に案内されて一先ず座り、メニューを開きつつ店内を眺める。
四人席だから私の前の席二つに二人が座っている形だ。
スイーツ専門店で明るい系の店内でそこかしこから甘い匂いが漂ってくる。
周りの客も女性がほとんどで、カップルかな?って組み合わせで男性が何人か居るくらい。
こういう店って男の人はちょっと入りにくそうな雰囲気ありそう。
格ゲーマー故に知り合いの大半が男性だけど、こういう店に気にせず入れる人はかなり少ないだろうなぁ。
とか思いつつも、とりあえず三人とも注文は決まったので店員さんを呼んで注文する。
留美は苺のショートケーキ、葵はパンケーキ、そして私はロールケーキ一本と全員バラけた。
あ、注文したスイーツの写真撮るのにテーブルにスマホ置いとこ。
格ゲーマー仲間に美味しいの食べてきたってJiscodeに写真貼ってテロしたろ。
「ロールケーキ一本で頼むって、スズ結構ガッツリ食べるね」
「そう?」
「でも甘いものってついたくさん食べちゃうからちょっとわかる」
「確かにね。っとそうだ、さっき見た美人さんこの席からだったらもっと良く見えるんじゃない?」
「あ、わたしも気になる……」
そう言って二人は店の中、奥の方を見て「あ、居た」と葵が顎で店の奥を指した。
店の奥にはシュークリームを食べている長い金髪に切れ長の目、服は白いシャツに黒いジャケットの組み合わせで背中に……翼が……んんん???
「ほえ〜やっぱり凄い美人さんだね。背中のやつが気になるけど」
「白い翼にも見えるけど……何かのコスプレ?」
「って事はコスプレイヤーってやつ?でも不思議と似合っててあんまり違和感ないね」
なんか物凄く……すんごく!見覚えのある人を二人が眺めていると相手はこちらの視線に気がついたのか、こちらに向かってニッコリと微笑むとジャケットからスマホを取り出して何やら操作している。
二人は「可愛い」と言っているが、私には何故か悪魔の微笑みにしか見えないから不思議だよね。
ん、テーブルに置いてたスマホに着信が……メールだ。
『女子高生が天使を見ている時、天使もまた女子高生を見ている』
なんでクトゥルフ風味?
スマホに画面から目を離して再び店の奥に目を向ける……あれ居ない?
ん、二人ともどうし……指差して……私の後ろ?
「早速友だちができたみたいで私は嬉しいぞスズ」
「うひゃああ!?」
〇 ● 〇 ● 〇 ●
「へー、ミカエルさんってスズの家に住んでるんですね」
「ああ、だからスズの事は良く見ているぞ」
「天使って事はその背中の翼って本物……?」
「うむ、こうして自在に動かせるぞ」
金髪の……もういいか、スイパラでミカエルと合流した私たちは、知り合いだと店員さんに伝えてミカエルと席を共にする事になった。
お互いに紹介も済ませてミカエルが天使だと知った二人は葵の質問に対してミカエルが「ほら」と軽く翼を動かすと、葵は「凄い……!」と目を輝かせている。
「まさか、現実に天使が居るなんて思わなかった……しかも比喩表現じゃなくてガチの天使……!」
「ねー、本当にビックリだよね」
「ムフー」
美味しそうにシュークリームを食べる天使と、それぞれ注文したスイーツを食べながら談笑する二人。
早速仲良くなったみたいで何より。
「にしても、ミカエルが来てるとは思ってなかったよね。やっぱりスイパラが気になってたとか?」
「洋甘堂にシュークリームを買いに行く時に駅前のデパートにスイパラがこの前できたと聞いてな。その時にシュークリームもあるって聞いたから来てみたんだが、ここのシュークリームも美味いな」
「それでも私は洋甘堂のが一番好きだな」と言うミカエル。
洋甘堂のシュークリームは確かにめっちゃ美味しいからねー。
などと喋りながら食べていると、あっという間にスイーツを食べ終わる四人。
ミカエルはまだ食べているとの事で先に精算を済ませて店を出た私たちは、デパートの中で適当に見て回りつつ「プリクラ撮ってみよー!」と留美の一声でゲーセンでプリクラを撮ったりして遊んでいると、いつの間にやら夕方近くになっていた。
「それじゃああたしと葵は電車だから、そろそろ帰るねー」
「また明日ね……」
「じゃねー」
デパートの外で別れを告げ、帰宅路を歩く私。
ふとスマホを見るとミカエルからメールで『店のスイーツ制覇してきたぞ』と長々と品名の書かれたレシートとドヤ顔の自分の姿を写した自撮り画像が送られてきていた。
店のメニューって結構数あったと思ったけど、全制覇はなかなかやるね……
「ってあれからずっと食べてたんかい!」
周囲の通行人が私の方を見てくるのも気にせず叫ぶ私だった。