2話 グータラ天使と少女の一日
高校受験が終わり早二ヶ月、卒業式も終わり春休みも半ばとなった現在。
家の二階にあった物置部屋は荷物だらけで人が暮らす空間では無かったが、今ではすっかり部屋の中は片付き、要らない荷物だらけだった部屋には代わりにテレビやパソコンなど家電や服の入ったタンス、本棚が置かれ、部屋の隅にはベッドが一つと人が住む空間に変貌していた。
そして、ベッドの上で頭以外が掛け布団に包まった物体を前に私は向き合っていた。
「ミカエル〜もう昼だしそろそろ起きたら?」
「眠い。それに私は夜中まで天使として人助けをしていてだな」
「ネトゲで回復役してたのは知ってるからね?てか私ともパーティー組んでたじゃん」
「わかっているぞ、だからスズも私の働きは良く知っているだろう?という訳で今日は私はベッドでゆっくりさせてもらうよ。それに夜になったら今度はド……勇者として世界と人を助けにいかねばならんからな」
「なら私と一緒に買い物を手伝うっていう人助けしてくれないかな!」
バッと掛け布団を剥ぎ取って普段着の黒いTシャツ(白文字で『熾天使』と書いてある)と青い短パン姿が露わになるも、すぐさま掛け布団を取り返してそのまま掛け布団に包まってしまう。
くっ、ならもう一度……あっこいつ掛け布団掴んで離さない!
お母さんから買い物を大量に頼まれてるからミカエルにも手伝ってもらおうと思ってたけど、こうなったミカエルは梃子でも動かない。
いや、一つ動かす手段はあるからそれを使おう。
「……買い物行ってきてくれたら洋甘堂で好きなの買って良いって言われてるんだけど、ミカエルが来ないなら仕方無いかー」
「っ!?」
お、今ビクって反応した。
「そういえば洋甘堂のシュークリーム、今日から大きいサイズのジャンボシューも販売するって話だったっけー?」
「っっ!?!?(ビクビクッ」
「せっかくだし三種類のジャンボシュー二個ずつ買って二人で〜って思ってたけど、私一人で食べちゃおっかな〜」
「っっっ!?!?!?(ビクビクビクッ」
ガタガタ動く物体を背にミカエル部屋を出て買い物行ってこよーと歩みを進め……すぐ立ち止まる。
後ろのミカエルの部屋からガタガタと物音がしてすぐ音が静まると、ガチャリとドアが開く。
「まぁ……寝てばかりというのも良くないからな、私も少しばかり身体を動かすとしよう」
出てきたのは白いシャツに黒いジャケット、下は紺色の長ズボンとラフな格好に着替えたミカエル。
ミカエル、見た目が良いからこういうラフな格好も映えるし、さっきの普段着姿も映えるんだよね……あの文字Tシャツに関しては何とも言えないけど。
「ほら、買い物に行くぞ?早く買い物を終わらせてシュークリームを食べようじゃないか」
「はいはい、私もシュークリーム食べたいしさっさと行こうか。だから風起こすのやめてね?」
洋甘堂のシュークリームが好きなのも早く食べたいのもわかるけどね?
家の中であんまり翼をバサバサされると風と一緒に羽が舞うから地味に鬱陶しかったりする。
● 〇 ● 〇 ● 〇
という訳で、近所の商店街にあるスーパーへ向かっていく私たち。
今日は雲一つ無い晴れ空で良い天気だ。
「お、ミカエルちゃん今日も可愛いね!」
と、居酒屋のおっちゃん。
「あら、今日も白い翼が綺麗ね〜ミカエルちゃん」
と、通りがかりのおばちゃん。
「あ~ミカエルだ〜!」
「ねぇねぇ空飛んでー!」
「天使様だー!」
と、春休みで商店街に来ている小学生たち。
「最初にミカエルと来た時はみんなミカエルの事に困惑してたと思ったのに、今じゃもうすっかり慣れちゃってるね」
「みんなこの翼が気になってたのか良くチラチラと翼を見ていた事だろう?やはり人間には無いものだからどうしても気になっていたのだろうな」
初めてミカエルが商店街に来た時は「え、翼……?」って言ってたのを側に居た私も覚えている。
最初はみんなそんな感じでよそよそしさなどあったんだけど……ミカエルの見た目の良さや可愛さもあってか、一ヶ月もしたら当たり前みたいに普通に受け入れられていた。
「試しにみんなが見ている前で飛んだら一発で本物の天使だって信じてくれたからな。此処の人たちは良い人たちだよ」
「私の知らない間にそんな事が」
商店街のみんながミカエルを受け入れてる理由それかー。
まぁ翼で飛ぶ姿を見たら信じざるを得ないよね。
「ところで、大量に買い物をすると言ってたが何を買うんだ?」
「んーとね、これこれ」
上着のポケットからメモ用紙を出してミカエルに見せる。
飲み物や肉や野菜類、卵の食料品とついでにティッシュやトイレットペーパーに洗剤などの日用品までずらっと書かれている。
「下の日用品はともかく、上に書いてある食料品は確かに大量だな……」
「一人でこの量はちょっと厳しいからミカエルが来てくれて助かったよ」
「ふふん、シュークリーム……もとい人のために行動するのが天使だからな、感謝してくれよ?」
「わかってるって」
シュークリームの件が無かったら買い物に来てくれなかっただろうにね。
それはさておき、目的のスーパーに着いた私たちは買い物カゴをカートに入れて押して行く。
ミカエルは翼が棚の商品に当たらないようにと翼をたたんで少し小さくしている。
「飲み物は配送で頼むとして、水とお茶の他に買うのか?」
「ついでにジュースも買っておこうか。ミカエルは「では私はこれを」……速いね」
私が言い終わる前にミカエルはいつも飲んでるミルクティーを買い物カゴに入れてた。
私も……コーラで良いかな。
ゲームする時のお供でよく飲んでるし。
それから頼まれものの肉や野菜類を買い物カゴに次々と入れ、二つ目のカゴに日用品を一通り入れてレジで精算を済ませる。
重い飲み物やかさ張るティッシュやトイレットペーパーは配送で頼んだから良いとして、他の食料品や日用品だけでも量が結構ある。
ビニール袋の重い方を私が持って、中身の軽い方をミカエルに持たせる。
ついでに財布もミカエルに渡しておく。
「帰りに洋甘堂でシュークリーム買うんだし、ミカエルに財布渡しとくね」
「おお、遂にシュークリームが買えるのだな。ならこの財布は私が預かっておこう」
「早く買いに行くぞ」とミカエルはさっさとスーパーから出て洋甘堂のある方へ歩いていく。
荷物が重い分歩くのが遅れて洋甘堂に着くと、ミカエルは既にシュークリームを買い終えていて、手には洋甘堂の箱が入ったビニール袋が。
「遅いぞスズ。もうジャンボシュークリームは買ったからさっさと帰って食べようではないか」
「ちょっ、歩くの早……!?」
ミカエルにとって目的のシュークリームが買えたからか、足早に歩き出して前へと進んでいく。
このままだと先に帰ったミカエルに私の分も食べられる可能性がある。
「私は先に帰ってるぞスズー」
「私を置いてくな……って飛んでくなミカエルー!」
翼を広げて家の方向に飛んでいくミカエルを追いかけて、私は重い荷物を片手に走り出した。
ーーこうして高校への入学を控えた春休みのとある一日にして、うちのグータラ天使ミカエルが居る日々が今日も過ぎていく。