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第9話 飛躍する思惑

 両者の額が激しくぶつかる。半日程度の記憶ならゴッソリ抜け落ちても致し方ないほどの。

 そして、双方とも首筋にかかる負担の限界を悟り、ほぼ同じタイミングで身を引いた。


 野田が前方を睨むが、そこに夕陽台の姿はない。

 気配を背後に感じて振り向いた時、既に夕陽台の両足揃えた飛び蹴りが眼前まで迫っており、野田はすんでのところで両腕をクロスして防御するも威力をいなし切れず、後方に弾き飛ばされる。バランスを崩す。


 カンガルーとサイの合いの子のようなファイトスタイルで、夕陽台は一方的に野田を攻め続けた。野田は一応は反応して防御するものの攻勢に転じることなく、相手の飛び蹴りと頭突きの、俊敏かつ高威力の前に為す術なかった。


 また、夕陽台は決まって屋上の中心から外側に押しやるよう野田を攻撃し、その目的が突き落とし及び殺傷を目的としていることは明白であった。


 このように、威力と俊敏さに殺意も相乗した夕陽台の猛攻であったが、しかし最終的に殺傷を目指しているだけあっていずれもフルパワーであり、攻撃後に隙が出来やすいという弱点もあった。

 その隙を見て野田は徐々に徐々にと、ある地点に向かって近づき続け、ようやくそのハシゴに手を掛けた。

 塔屋の側面に掛けられた鉄製のハシゴである。


 塔屋とは、一部のビルの屋上に存在する、突き出した小屋のような部分のことである。

 野田はそのハシゴを上りはじめたのだが、もちろん夕陽台はそれを黙って見過ごさない。野田の背中に飛び蹴りを浴びせる。

 野田は防御できる体勢にない。鈍痛と共に一瞬怯むが、すぐに行動を再開し、塔屋の上に立つ。


 夕陽台はハシゴなど使わず、跳躍で軽く塔屋の上に跳び乗る。——が、そこを目掛けて野田は前蹴りを振り抜いた。

 夕陽台は即座に跳躍し、野田の頭上を跨いで背後に着地するが、そこに野田は回し蹴りをする。夕陽台は身を翻して躱すも、それ以降は防戦を強いられることになる。


 3畳分しかない狭いフィールドが、夕陽台の戦闘スタイルと噛み合っていなかった。

 こうも肉迫した状況においては、飛び蹴りするための予備動作を感知され次第、すぐ野田に阻止されてしまう。かと言って、いったん自分だけ塔屋から降り、屋上から塔屋上の野田に向けて飛び蹴りしようものなら、今度は距離が開きすぎていて、跳躍している間に避けられることは明白だった。


 また、頭突きの方に関しては、これまでの交戦の中で野田が既に見切っており、被弾率はゼロになっていた。——仕方なくキックボクシングのスタイルで徒手空拳を繰り出す夕陽台だったが、そちらの体捌きに関しては洗練されてはいるもののアマチュアの域を出ず、威力にも俊敏性にも欠け、野田には無効だった。


 夕陽台は半ば投げやりの、大ぶりのパンチを繰り出すが、案の定その拳は片手で掴まれ、野田はもう片方の手でフックパンチを夕陽台の顎に目掛けて繰り出す。

 しかし、その拳は面に触れる手前で静止し、振り抜かれることはなかった。


「…………ハッ」


 夕陽台は面の内側で嘲笑した。


「結局そうなんだ。鉄拳制裁がどうとか言っといて、いざ一方的に殴れる状況になれば寸止め。私が女だから? 私は他人に殺意を向けられる異常者だけど、まだ実際に他人に危害は加えてはいないから? ……それか、()()()()()()()()()


 夕陽台は野田の左足を、右足でズダンと踏みつける。

 それは、あくまで彼女のクセでしかなく、攻撃とは縁遠い物だと解釈していた行動だった。 痛みと動揺のあまり、思わず野田は夕陽台の手を放してしまう。

 次いで夕陽台はその場で小さくジャンプしてから横向きに飛び蹴りし、野田は塔屋から屋上へと突き飛ばされた。野田は咄嗟に受け身をとったものの、体の何箇所は打ち身になっていた。


 彼が顔を上げると、夕陽台は屋上のヘリに立ち、フードと仮面とを外していた。

 心底不愉快そうに、険しい表情をしていた。


「新月のパルクーラーだなんて呼ばれているけど、アレは根本的に間違っているの。……私は雨や雪さえ降らなければこの遊びをしていた。新月の日は体調が悪いからボロが出やすいというだけの話。……ただ、体調が悪くない新月の日以外のパルクールに関しても、これからは目撃されたり通報されたりするかもしれないわね。『新月のパルクーラー』という都市伝説が広まって関心が集まり、人々が真夜中の屋上に目を光らせるようになれば、……その中を掻い潜っていくのは困難になるでしょうね」

「本来このような場所はそもそも立ち入り禁止だ。俺でなくても誰かが妨害していただろう」

「そんな事言われなくても分かってるわよ。9組の雑魚が意見しやがんじゃねーって」


 夕陽台は後頭部を掻き混ぜる。ボロ布のような頭髪が揺らめく。


「あなたを蹴り落とそうとしたけど、無理みたいね。せめてもの憂さ晴らしでもと思っていたのに、何も私の思う通りにならない。……でも、弱点は見つかった」

「弱点?」

「あなた、今日だけで何人も人助けしたらしいわね。……赤の他人の私の耳にも入るくらい。恫喝されている学生を助けたりもしたらしいわね。困ってる人は見逃せないというやつかしら。……生憎だけど、 『出来ない』というのはあらゆる場合において弱点に他ならないのよ」


 野田は腕組み、意味を汲み取ろうと逡巡した。

 そして、ある推論に至ると同時に、足元に落ちていた木の枝を手にし、夕陽台に向かって駆け出していた。


「私ではあなたを突き飛ばすことが出来ない。だったら、あなた自身で飛び降りてもらうしかないわよね。……まあ、別に助けてくれなくてもいいけど。新月の日は、死にたくなるほど気分が悪いから」


 野田を待たず夕陽台は後ろ向きに倒れ込み、頭から落下した。


 それに続いて野田も躊躇なく自由落下する。遠くに見える歩道がグングンと加速して近付いていく。


 野田は片手に持った木の枝を、ひたすら夕陽台に向かって突き出した。


 長さ50cmほど。空気抵抗に抗いつつ、ただ夕陽台の足の爪先に目掛けて接触させようとした。


 手の平で握っていた枝を指先で握り直し、上向きに曲がってしまうのを無理やり抑え込みつつ、——地面衝突まで秒読み、枝の先端は夕陽台の爪先に触れた!


「■▲〇!」


 第63宇宙の言語で野田が叫ぶと、彼ら二人と木の枝はその場から消え去った。

お読みいただきありがとうございます。


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