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第8話 新月の夜の屋上で

 野田は、都内某所のビルの屋上に仁王立ちし、夜景を眺めている。

 時刻は零時ごろ。付近に居酒屋等はなく人の気配は少ない。眼下の街路灯の明かりと星明りが屋上をささやかに照らす他には光源が無い。

 当然ながら月明りもない。本日は新月である。


 この屋上にはフェンスが無い。

 一般人が立ち入ることを想定されていない証左であり、また屋上伝いにアクセスしやすいエリアということでもある。

 卓抜した跳躍力さえ持ち合わせていれば、付近のどのビルからでも飛び移れるだろう。


 そして、オーブの密度が地上よりも幾分か濃いように見えていた。

 だいたい、5メートル四方に一つほど。経験値稼ぎにはうってつけの空間だなとは思いつつ、野田は腕組みして微動だにしていなかった。


 彼は、前方のビルの屋上を猛スピードで飛び回っている、恐らく新月のパルクーラーと思しき人物の姿を、既に捉えていた。


 厳密には、肉体ではなくオーブを見ていた。その色と挙動を観察していた。

 さながら兎のように、放物線を描きつつ跳躍するその青色のオーブを見て、野田はその行動を分析していたのだ。


 両者の距離が、300メートルほどまで近付く。

 互いが互いの姿形をおぼろげに見ることのできる距離になった時、パルクーラーは屋上のヘリに立って制止した。

 これから自分が飛び移ろうとしているルート上に、人影が存在するからであった。

 それも、人影は仁王立ちしてこちらを凝視し、明らかに何か企みがあるとしか思えない佇まいをしていたからだった。


「…………………………………………」


 パルクーラーは仮面をズラして息を整え、どうしたものかと考える。

 逡巡の末、「関係ないか」と、「殺してしまおう」となる。

 その人物は直立から一気に屈みこみ、エネルギーを溜めて前方に跳躍した。


 屋上から屋上へと軽やかに飛び回り、四車線をひとっ飛びし、そして野田の立つ屋上のヘリに音なく着地した。

 黒のスポーツシューズに黒のストレッチパンツ、黒のパーカーを着て黒のフードをかぶり、紐を引っ張って頭巾のようにフードの口をすぼめたその真ん中に、笑顔に造形された黒のマスクがはめられていた。

 富井に見せられた新月のパルクーラーの画像と、その外見は一致していた。


「お前は魔物に操られている」


 野田は開口一番、大声で呼びかける。


「死の淵から蘇り果せただけでなく、超人的な跳躍力を得て浮かれているのかもしれないが、それは魔物の思う壺なのだ。そうやってお前をつけ上がらせて、このような危険な遊びを覚えるように仕向けてから、ここぞというタイミングで跳躍を失敗させるという算段なのだ」

「………………………………」


 パルクーラーは首を傾げ、無言を貫く。

 野田は頷き、寒風に吹かれつつ話を続ける。

 

「うむ、そういう反応になるのも仕方ないのだ。『そんなこと言われたってどうすればいいのだ』と。『自分だって好きで魔物に憑かれたわけではないのだ』と。……俺もそこは、非常に悩ましいところなのだ。人間に憑りついてしまった魔物の魂を引き剥がすためにはどうすればいいのか、……それが分かっているのなら、俺はとうにやっている。余裕綽綽に見えて、これといった冴えたやり方は確立していないのだ」


 パルクーラーは右足の爪先で地面をタンタンと蹴り始めた。それは苛立ちが抑え切れずに漏れたようでもあったし、または、今から事を起こす前の準備運動のようにも見えた。


「ただまあ、何もしないというわけにもいかないのだよな」


 野田は首をグルリと回し、音を鳴らす。


「お前はもう末期のところまで来ている。ただの善良な一般市民を手にかけようとするのだからな。……魔物の方をどうするかは後回しにするとして、まずは人間の方を叩き直さねばならん。この世界では旧式のやり方になるが、鉄拳制裁という形でな。夕陽台美波ゆうひだいみなみよ」


 パルクーラーは右足を止める。


「学校で会った時から、お前に魔物の魂が憑りついていることは見えていた。……体捌きのクセも一致している。お前は夕陽台に相違ない」


 野田は肩の柔軟をしつつ言う。


「色々調べたが、新月のパルクーラーというのはネットの片隅でしか語られないような都市伝説中の都市伝説らしいな。それが現実世界で大々的に広まってしまうと、当人にとって喜ばしくないのだろうなという想像はつく。でなけれぱ新月に溶け込む姿などしないだろうしな」

「…………………………」

「で、俺を呼び出したのはなぜだ? フェンスのない屋上というのはいかにも突き落としやすそうで打ってつけという塩梅だろう。違うか?」

「9組の雑魚が私の行動分析なんか気安くしてんじゃねーよ。()()()()()()()()


 夕陽台はくぐもった声で返事する。


「いつでもかかってこい」


 野田は人差し指をクイクイとする。

 夕陽台は右足の爪先で強く地面を蹴りつけてから、その場で両脚揃えて屈伸し、野田に向かって突進した。

お読みいただきありがとうございます。


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