第7話 夕陽台美波
「ああ、そりゃ夕陽台だな。夕陽台美波。ウチの学校で一二を争う学力の持ち主ってな」
野田は9組の教室で富井の席を囲いつつ談笑していたクラスメイトに割り込み、先刻の女子生徒について尋ねていた。
「お前も心変わりが激しいね。ゴートの次は夕陽台かよ。まあ超人に興味があるってとこに一貫性はあるのかな?」
「あの髪型はなんだ。あれは誰かに虐められているのか? どう見ても普通じゃない」
「そんな話は聞かないな。お前らはどう? 夕陽台は虐められてると思う?」
富井が周囲を取り囲む男子生徒に尋ねるも、一同は首を傾げるばかりだった。
「ま、そもそも夕陽台は1組の生徒だからな。ウチら9組の生徒からしたら他人も他人よ。よく知らねえっていうのが実際のところだな」
「……ふむ、まあ、そういうものか」
野田は腕を組み黙考し始めた。
一方の富井グループも、その野田を放置したまま元の談笑に戻り辛く、各々考える素振りをしていたのだが、
「俺、夕陽台とはいちおう小中学校と同じだったんだけどさ」
取り巻きのうちの一人が、沈黙に耐えかねておずおずと口を開いた。
「あの人は別に、虐めとかに遭ってるところは見なかったな。……ただ、昔はもっと普通だった気はするな」
「え、そうなん?」と富井。
「うん。まあ頭がいいのは小学生の頃から変わらないんだけど、昔は確か三つ編みのおさげとかだったと思うし、態度とかも普通だったはずなんだよな。それが段々と棘棘しくなったり髪型が変になっていったりして、……中学生になる頃には、もうあんな感じだったんじゃないかな」
「勉強のし過ぎじゃねーの」と別の男子。
「俺、小学生のころ夕陽台と同じ塾通ってたんだけどさ、後から入ってきた夕陽台にすぐ成績抜かされてよ。で、『なんでお前そんなに賢いの』って聞いたら塾ハシゴしてやがんの。そこまですりゃ賢くなるだろーけど、どっかしらネジ外れても仕方ないわな」
そして勢いづいたように、その後も富井の取り巻きによって次々と夕陽台について語られるのだが、「夕陽台が虐められているところは誰も目撃していない」、「夕陽台が普通だったのは小学生までだった」、「夕陽台は常に学年トップクラスの学力所持者だった」以外の情報は出なかった。
「そういや晴天高校って小学校から大学までエスカレートで行けるんだったな。そりゃこんなに知り合いが多いわけだ」と富井は感想する。彼は外部から進学してきた生徒だった。
野田は富井グループに礼して去り、午後の授業は爆睡して過ごし、夜に向けて備えていた。
夕陽台が予測していた新月のパルクーラーの出没は、その日の真夜中だったからだ。
野田はいったん自宅に帰り、宅食を自分でレンジで温めて食べ、ジャージに着替えると「ちょっと出かけてくる」と母親に告げてから家を出た。
何の用でか伝えず、いつ帰るかも言わなかったが、母親は「そう」と無関心そうに呟くだけだった。ネグレクトにも近しいその無関心を、問い詰められるよりはマシかと野田はポジティブに捉えた。
指定の時間まではまだまだある。野田が家を出たのは魔物を退治して回るためだった。
真冬の夜道をランニングして回りつつ、魔物のオーブを見つけたら潰す。
殊勝な心がけではあるものの、これから戦いに出向く者の態度としては相応しくないように思われるだろう。むしろ出来るだけ体力の消費を抑え、温存しておくのが適切だろうと。
第5宇宙的な考えだと、確かにそう思うのが普通である。が、アバドンの魂の出自はあくまで第63宇宙にあるのだ。
野田は息を切らし、両手を両膝に突く。
山中に設けられた石階段を上りつめ、誰も居ない展望台に漂う紫色のオーブを今、野田は両手で挟み潰した。
すると、野田の息切れはたちまち回復し、棒になっていた足も軽やかに、一気に石段を下っていった。
理由は単純。魔物を倒して経験値を得、それが一定量に達したためレベルアップし、その特典としてHPが全回復したのだ。
それが第63宇宙の生物に共通の性質であり、野田は「どうせレベルアップすればHPは回復するのだから」と魔物狩りをしていたのだ。
野田はジャージのポケットから折り畳んだ紙片を取り出し、手書きの地図を見る。
「そろそろ行くか」と駅に向かって一歩踏み出すが、立ち止まって後ろを振り向き、
元の石段を戻り始めた。
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