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第25話 安心しろ

「……何を、私そっちのけで会話しているのよ。その泥の塊に意思があるというの? 私とは別に?」


 花子は狼狽して問いかける。

 一般的にゴートは超能力として解釈されている。彼女は自らの体から溢れ出す泥やそれが自在に動かせることを超常現象と捉えており、このようにアバドンが泥の手と会話をしている姿というのは奇妙に映っていた。


 しかし、そのような花子の疑問などは、今や関係ない。

 アバドンは花子を睨み、


「何度も言わせるな。貴様では話にならんと言ったのだ。俺が対話するのはネルヌルの方なのだ」


 刺身包丁の剣先を花子に向けた。


 この状況は、アバドンの計略によって形作られていた。


 すなわち、『夕陽台に憑りついたアルミラージが知性を得たのであれば、花子に憑りついたネルヌルも時間経過で知性を得るのではないか』、と。


 事前に聞いていた話だと、アルミラージが言葉を覚えたり人並みの思考ができるようになったのは憑依してから幾分か時間が経ってからだったらしいが、憑依してすぐでも美波の自殺を阻止するほどの良心は芽生えていたらしいし、……花子に長話させることで時間を稼いでいれば、ネルヌルにも簡単な話し合いが出来る程度の知性が芽生えるのではと、アバドンは画策したのだ。


 そして、


「もっと話を分かりやすくしてやろう」


 と言うと、アバドンは包丁の刃先を自らの胴に向け、


「▽■□」


 第63宇宙の言語で唱えつつ、自らのみぞおちに突き刺した。

 冷や汗が全身を濡らし、喀血し、……しかし、アバドンの目の光は消えていなかった。


「HPを必ず1以上残す剣技、みねうちのつるぎだ。……昨晩、噛み千切った親指の爪を生やそうとレベル上げした際に習得した」


 アバドンは包丁を体から引き抜いて床に捨て、泥の手に向いて両手を広げる。


「貴様があの女に味方するようなら、俺は貴様らを死地に転移させて殺す。……反対に、貴様があの女を捨てて俺の体に乗り移るのなら、俺は貴様を殺さないと誓おう」


 生きたいか死にたいか、好きな方を選べと、アバドンは迫る。

 泥の手は佇み、沈思黙考する。


 ネルヌルとしても、それは悪くない提案だったのだ。

 というのも、ネルヌル目線でもこの状況はアバドンが圧倒的に優勢であると見ていた。アバドンはその気にさえなれば花子ごとネルヌルを殺せる方法と動機があり、我々はあくまでアバドンの慈悲によって生き長らえているだけなのだと。


 ただ、花子を捨ててアバドンに乗り移るにあたってのネックもあった。

 すなわち、アバドンは大量の魔物とその長である魔王を討伐した、アンチ魔物を地で行く人間であるということだった。……アバドンの誘いに乗ったとして、その後で「殺さないと言ったのは嘘だ」と前言撤回されない保証がどこにあるだろうかと。


「待ってよ」


 花子はアバドンが捨てた刺身包丁を拾い上げ、魚のように両目をかっ開いて振り向いている。


「私から泥の力を奪うつもりなの? そんなの駄目よ。私、風邪薬とかいっぱい呑んで、内臓もめちゃくちゃにして、何もかも投げ捨ててこの力を授かったのよ? あの子が妬ましくて仕方なくて。……それをなぜあなたに掠め取られなくてはならないのよ。そんな横暴が許されると思っているの?」


 しかし、アバドンは花子に相手しない。

 あくまでネルヌルに問いかける。


「あの女と俺とは、事と次第によっては自らの命を危機に晒すことも厭わないという点で共通しているが、アレと違って俺は自分に勝算がある時にしか命を投げ捨てない。仮に何らかの方法で貴様らが俺を殺せたとしても、その命は長くはないぞ」

「口車に乗るんじゃないわよ! 適当なことを言っているだけだわ! 私はあの夕陽台美波の母親なのよ!? どちらが論理的に正しいことを言っているのかは明らかじゃない!」


 花子は意思のある生物にするように泥の手に呼びかけ、あれだけこき下ろしていた美波の知能を討論の根拠とし、なりふり構っていなかった。


 沼の手は両手を広げたアバドンに近付き、

 握手を促すような手の差し出し方をした。


「……なるほど、ネルヌルのコミュニティでも、友好はそう示すのだな」


 アバドンが沼の手と握手すると、花子の腹部に存在していた茶色のオーブが動き出し、……花子の足元、泥溜まり、泥の手と通じて、繋いだ手からアバドンの体内に侵入していく。


 花子はアバドンの脇腹を目掛けて、突進しつつ包丁を突き出す。


 しかし包丁も花子の体も、アバドンの肉体をグニャリと通り過ぎるだけで、本体には何らのダメージもなく、花子は勢いそのまま転倒した。


「……これが魔物の体か」


 あまり心地よくないなと、アバドンは刺身包丁の峰で首筋を叩く。

 花子が包丁を握って突進してきた時に、その凶器は泥の体の中で絡め取っていた。


 瀕死の花子はそれから立ち上がる素振りを見せず、事態は決着となった。

お読みいただきありがとうございます。


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