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第24話 独り言の美学

「私は田舎の出身でね、家族からも親戚からも近所の人からも、周りの大人という大人全員から、『女が勉強しても無駄だ』って言われ続けたのよ」


「女は成人したら社会じゃなくて嫁ぎに出るんだから、勉強なんてしても意味ないってね」


「そんなだから、私は学校でいい成績を取っても、誰からも褒めてもらえなかったわ。むしろ気味悪がられるだけ。『なんで女のくせに勉強なんか頑張ってるんだ』って」


「それで、私は勉強に身を入れなくなったわ。大人が要求するように、友達をつくったり恋人をつくったりして学生時代を過ごしていたの」


「でも、やっぱり周りから要求される通りに生きてそのまま死んでいくというのが、なんだか無性に嫌になってね。……私、高校を卒業したら周りの反対を押し切って、都会に働きに出たの。学校の推薦でね」


 花子は口元を押さえて咳をする。手の平が血塗れになるが、気にせず続ける。


「でも、社会に出たからといって、それで万事解決とはいかなかったわ」


「高卒で、在学中もこれといって勉強に打ち込んでこなかった私は、入社して一年経つ頃には無能の烙印を押され、五年目には大卒の後輩に抜かされたわ」


「私だって、田舎じゃなくて都会で生まれ育ったら、勉強することを大人に許されていれば、見下される側じゃなくて見下す側でいられたはずなのよ。あいつらはたまたま環境が良かっただけ。……ただ、そんな風に僻んだって仕方ないから、」


 私は社内で旦那を見繕うことにしたわ。と、高くて間延びした声を出す。


「そもそも途中で路線変更したのが悪かったのよ。大人が言う通り私は学校を卒業したらさっさと嫁ぐべきだった。そこから外れたからバチが当たったんだって思ったわ」


「だから私は、それから心機一転して、旦那探しのために出社するようになったわ。……最終的に、女性免疫はないけど仕事が出来る有望株の同僚をたらしこんで、美波を孕んで結婚にこぎつけたわ」


 聞くに堪えない、とアバドンは思っている。

 どれだけ過去を語られようが同情の余地はない。この女は不幸にさせるためだけに娘に勉強を強い、そして自殺にまで追い込むような、愛のない極悪人なのだ。……極悪人のする不幸自慢ほど聞くに堪えないものはないと、アバドンは思っていた。

 が、泥の手に首を絞められている彼は、ただひたすら藻掻くことしか出来ない。

 聞くに堪えないを聞くしかなかった。


「ただ、私は新婚生活も子育ても、本気で取り組むことは出来なかったわ」と花子。


「だって、情熱がないもの。私は結婚も子作りも子育ても、周りがそうしろって言うからしただけで、自分たっての願望ではないもの。……周りにとやかく言われたくないから、最低限の母親らしいことはしていたけど、それ以上のことをしてやろうって情熱はなかったわ」


 そこを行くと、私に初めて願望を持たせてくれたのは美波なのかもしれないわね。


 花子は、今までの沈んだ表情から一変、微笑して言った。


「あの子を勉強漬けにして壊したいって、私は強く思ったの。……勉強させて勉強させて、それで勉強しかできない無能になるか思い詰めて死ぬかしたら、『やっぱり私は学生時代に勉強しなくてよかった』って思えるものね。……あの子が勉強のせいで破滅しつつあるのを見ていると、私の心は彩られるのよ」


 ああ。


 やっぱりこれは、どうしようもない。アバドンは()()()()()をした。


「それにしても美波は中々帰ってこないわね。母親がこんなにも可哀相な目にあっているのだから、普通の感性をしていたら心配になって戻ってくるはずよね。私はあの子を殺さなくてはならないのよ。どちらのゴートがより秀でているのかを教えてあげなくちゃ」


「もういい」


 アバドンは喉を絞める泥の手を抑えつつ、掠れ声で訴える。


「もう沢山だ。貴様では話にならない。救済できぬ。……かくなる上は止むを得まい。貴様を転移魔法で火山の噴火口の真上に飛ばし、肉体ごとその腐った根性を灰にせねばならぬ」


「あら、おかしなことを言うのね。誰もあなたにコメンテーターは求めていないのよ。黙って聞いていればいいのに、なぜ口を挟むのかしら」


 花子が右手を差し出し、空を握るジェスチャーをすると、アバドンの首がより強く絞められる。いよいよ窒息寸前になる。


「転移魔法だかなんだか知らないけど、あなたに私は殺せないわよ。鳥一匹を人質に取ることすら出来ないあなたに人は殺せないわ」


 死になさい、と花子は、掲げた右手をより強く握り締める。


 いよいよもって絶体絶命のピンチに陥ろうという段、しかしそうはならなかった。


 泥の手は一定の力で窒息しない程度に留め、()()()()()()()()()()()()()()


 そして一方のアバドンは、ブレザーの内側に忍ばせていた、細長い刺身包丁を取り出すと同時に泥の腕を切断し、久方ぶりに着地した。胸を押さえつつ激しく呼吸した。


 対する花子は右手の手の平を上に向け、人差し指をクイクイと曲げるが、……泥溜まりの中から再び泥の手が出てくるものの、アバドンの首も足首も掴まず、ただそこに佇んでいた。


「……なんで動かないのよ。さっきまで私の思う通りに動いていたじゃない」


 花子はアバドンに指差し、激昂する。


「さっさとそいつを殺しなさいよ! じゃないと私が殺されるでしょ!」

「やっとか。物覚えの悪いやつめ」


 アバドンは喉を擦り、泥の手を睨みながら答える。

 あくまで、ネルヌルに対して話しかける。


「で、どうだ、知性を得た気分は。自らが命の危機に晒されているという事実を、より高い解像度で認識できる気分は」


 泥の手は、手を広げた状態でそこに佇む。

 魔物は人間に敵する存在である。

 人間を攻撃しないのであれば、そこには何らかの意図か知性があることになる。

お読みいただきありがとうございます。


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