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第20話 展望台跡

 そんなこととはつゆ知らず、野田と美波の両名は山奥の展望台で息を整えていた。

 石段を上りつめた頂上に設けられた山中展望台。管理組合が解散してしまったため半野生化しており、猛獣等出没の警告標示とバリケードが施されているから人間はまず立ち寄らない。

 野田はその場所を、転移魔法による緊急避難先として選定していた。


「いきなり走らせてすまない。生徒指導の教師に追い回されていたのでな」


 野田は石造りのベンチにへたり込んだ美波に釈明する。美波は顔を上げて野田と目を合わせるが、三秒と経たずに逸らして、「生徒を指導する側が廊下を走るんだから世話ないわね」と立ち上がった。


 野田は腕を組み、美波は腕を抱えて対峙する。

 やはり美波は野田と目を合わせ続けていられず、目を逸らしてしまう。……が、それでも言葉だけは紡ごうとし、「あの」と言いかける。


「睡眠薬を盛られたことは気にしとらん。あれはお前の精神の不安定さと、それを軽く見積もりすぎていた俺の認識の甘さが招いた事態だ。お前だけのせいじゃない」

「……そんなことは」

「いや、そうなのだ。これは皮肉でも嫌味でもなんでもない。……自戒しているのだ。己の迂闊さを」


 アルミラージにも叱られてしまったからな、と野田はこぼす。

「え」と美波は目を見開き、


「アルミラージと会話したの? いつの間に?」


 それから野田は、美波が意識を失っている間のアルミラージとのやり取りを伝えた。

 美波は自分の経歴を他人に暴露されたことについて憤りは感じつつも、その場にいた二人と一匹の中で最も邪悪だったのは自分に他ならないのだし、文句を言える立場ではないのだと下唇を噛んで我慢した。


「俺と子を成そうとしたというのは事実か?」

「……誰でもよかったのよ。なんでもいいから、今の生活を根本的に破綻させるようなきっかけが欲しかったの」

「そのために睡眠薬入りコーラを保管していたと」

「前回は相手に抵抗されて無理だったから、今度は眠らせた状態でというわけね。……後はまあ、間違えて飲まないかなとか。家の人が」


 美波の良心はもう、風前の灯火ほどに消えかかっていた。

 だから野田は、本当に最悪の事態になるまでに、性急に美波が現在抱えている諸問題を解決しなくてはならなかった。


「その髪型、自分でやっているのか?」


 美波は長さがバラバラの毛先を弄りつつ答える。


「社会的に承認されるギリギリの自傷行為よ。肌を傷つけたりしたら母親から失望されるでしょうけど、髪なら言い訳が出来るわ。『自分で切った方が時間がかからないからその分を勉強に充てられる』って」「ちょっといいかな、君たち」


 と。


 唐突な第三者の呼び声に驚愕した二人は、一斉に同じ方向を見る。

 その長身の男は、肩から足首まで覆う一体型の白いワンピースを褐色肌の上から纏っており、長い黒髪を寒風になびかせつつ、裸足で落ち葉を踏みしめて立っていた。


「……なんだ、神か」と野田が呟き、美波は『神なの?』と内心で思いつつ一歩下がった。


「何かまだあるのか、共有すべき事項とやらが」

「……うーん、私も言うべきか迷ったんだけどね。ほら、神が人間に助言するというのは望ましくないことだから。大局を揺るがしてしまうことだからね」


 でもまあ、あんまり一人の人間に長い時間関わられていると、こっちとしてもじれったいからさ。と苦笑。


「何か知らんが、意思を固めてから来てくれないか。我々はいま忙しいのだ。夕陽台の母親をどうにかせねばなるまい」


「……そうだよねえ」


 じゃあ、このくらいがいい塩梅かなと、神は独り合点して告げる。


「君たちはダラダラ喋ってないで、早く夕陽台さんの家に行った方がいいよ。今ならあのプレハブ小屋に転移しても見つからないから、さっさと飛んじゃいなよ」

「信じた」


 と野田は美波の手を掴み、相手が慌てふためくのもお構いなしに転移魔法を唱えた。


 取り残された神は後頭部を掻き、


「大丈夫かな、あんな調子で」とぼやいた。

お読みいただきありがとうございます。


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