第19話 夕陽台花子
一方その頃、夕陽台家のプレハブ小屋に、一人と一匹が踏み入れていた。
夕陽台美波の母親、夕陽台花子と、そのペットであるヨウムの花実である。
花子は鳥かごを持っていない方の手で照明をオンにし、ギョロギョロと室内を見回した。
「ムダナノニ、ムダナノニ」
とヨウムが鳴き、花子は微笑む。
「そうね。何もかも無駄なのよ。……あの子にプライベートなんて有り得ないの。子は親の所有物なんですからね」
花子は鳥かごを提げたまま、室内を練り歩く。
冷蔵庫は開けると、中身は空。
「何も入れてないのにコンセントを抜かないのね。電気代がもったいないとか考えられないのかしら。頭が悪いのね」
花子はソファに腰掛け、鳥かごをローテーブルの上に置く。
その隣に置かれているノートパソコンを開く。パスワードがかかっており、ログインすることは出来ない。
「……『なにか隠し事でもあるのかしら』、とか言ってみたりして」
「ムダナノニ、ムダナノニ」
花子は立ち上がり、向かって左側の、黒いトゲトゲで覆われた壁面と対峙する。
元よりこの小屋は大音量でシアターを楽しむために設計されている。従って壁面には室内の音を吸収するための吸音材があしらわれている。
ピラミッド型の、ピンポン玉サイズの棘が、壁面に縦横無尽に貼られている。
そのうちの一つに花子は手を伸ばし、引き抜く。
先端だけ材質が違い、小粒ほどの透明な玉が埋め込まれている。
小型の監視カメラとマイクが埋め込まれたそのデバイスは、金属の棒が二本差し込まれており、壁面のコンセントから給電しつつ24時間作動している。
花子はその、特殊仕様の棘を左右の壁から二つずつ収穫し、再びソファに座り直す。
「カシコイネ、カシコイネ」
花子は鳥かごを振り向いて微笑し、棘の底面に親指の爪を差し込む。
何かしらプラスチック製の手応えがあり、それを押し込んでから爪を引き抜くと、バネの力で中からSDカードが飛び出してくる。
花子はノートパソコンをもういちど操作し、美波のアカウントではなく、家族用のアカウントに入る。こちらにはロックがかかっておらず、何らのソフトウェアもインストールされていない。
花子は棘から取り出したSDカードを、ノートパソコンに差し込む。
記録媒体に保存された動画ファイルを再生すると、真っ黒な映像が表示される。音はない。
時間帯的に、まだ美波が帰宅する前である。花子は飛ばし飛ばし見て、やっと映像に動きが出る。
誰かが部屋に入り、室内の照明をオンにする。
明るくなった部屋には美波の他に、見知らぬ男子。
花子の笑みが濃くなる。
画面上の美波は500mlペットボトルのコーラを紙コップに注ぎ、男子はそれを受け取ると一気に飲み干している。
部屋を暗くし、プロジェクターで何か映写しつつ、二人は並んでソファに腰掛けている。主には美波が身の上話をし、男子はそれに相槌を打っているようだった。
間もなく、男子がぐったりと頭を横に垂らして、両目を瞑った。
美波はその上に跨り、顔を近づけてキスしようとしている。
「こんな真夜中も真夜中に男なんか連れ込んで、……どうするつもりなのかしらね」
ウフフ、と邪悪に笑む花子。
しかしその笑みは、映像の美波が男子に頭突きをすると同時に硬直した。
花子は、それから次々と繰り出される怒涛の展開を目の当たりにし、……意味不明なりに一定の解釈をしようと努めていたのだが、美波がプレハブ小屋の端から端まで8mほど大跳躍したのを観測すると、荒々しくスペースキーを押して動画を止めた。
「……なんていやらしい子なのよ」
と、花子は歪んだ笑顔を貼り付けて呪詛する。
「あなたは勉強だけしていなくてはならないのよ。それ以外のことが全て出来なくなるほど、無意味に秀でた無能でなくてはならないのに、……それなのに、何よこの異能は。いつ死にかけたのよ。ゴートに目覚めたのなら、なぜ母親に言わないのよ」
そんなのおかしいわよ。
子供は親の所有物なのに、と花子は腕組みし、人差し指で腕をトントンと叩く。
「ドウシタノ? ダイジョウブ?」
「……花実ちゃん」
花子は鳥かごを撫でる。冷ややかな金属が火照った手の平から熱を奪う。
「そうね。こうしてはいられないわよね。……大丈夫じゃないんだから、大丈夫にしないと」
花子は立ち上がり、酩酊したようなおぼつかない足取りで部屋から出ていこうとする。
室内を振り返り、吸音材型監視カメラ兼盗聴器が机上に放り出されているのを見やるが、片付けるでもなく放置して去った。
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