第16話 お嬢
アルミラージは、小さいバケツ型のゴミ箱の中に救急箱や除菌ティッシュなど入れたものを抱えつつ、プレハブ小屋に戻ってきた。
「お前はもう何もしなくていいから。じっとしとけ」
と制してから、野田の親指の根元にタコ糸を巻いてから絆創膏を貼ったり、床の掃除などし始めた。
「なんで俺に怒鳴られたのかイマイチ分かってやがらねえみたいだから、一から説明してやるよ」
アルミラージが説明するにはこうだった。
「まず、お嬢の母親がクソババアオブザイヤー殿堂入りチャンピオンって話までは聞いてやがるよな? どーせロクな理由もないくせに娘に対してずっと素っ気なく接してみたり、かと思えば勉強漬けにしてみたりとヤバめの毒親ぶりを遺憾なく発揮してやがったわけだ」
「そんな風に虐め抜かれてたら、精神的に病むのは当然だよな。……病んで病んで、それでも母親に認めてもらおうって勉強頑張ってさ。都内でトップの高校でないにしろ、トップクラスの高校に受かったのに、その時の母親の感想は『残念だったね』だとよ」
「しかも、塾の時間はそれを機により一層増やされて、お嬢の精神的余裕はドンドン削られていった」
「それなんだよ。お嬢が喘息で死にかけた原因は」
「心因性の発作ってやつだな。お嬢は夜中に雑居ビルを上ってる最中、それで死にかけて倒れた。……俺は、その隙を狙って入り込んだんだ」
「その当時の俺は純度100%の魔物だったからよ。ただ娘っ子の体を借りて好き放題暴れてやるつもりだったんだが、……お嬢は呼吸が落ち着いたら、また階段を上り始めてな」
「屋上に着いたら、そのまま飛び降りようとしやがった」
「俺はだから、咄嗟に魔物の力で向かい側のビルまで飛ばしてやったんだ」
しばらく傾聴していた野田は、ここで口を挟む。
「なぜ? 魔物の思考なら、そのまま死なせるのではないのか?」
「感化されたんだよ」
アルミラージはスマホのライトで床を照らしつつ拭きつつ答える。
「お嬢の賢さはマジだ。この人に憑りついてから俺の知能指数は元の千倍になった。今となっちゃこんな風に物を話せる頭があるし、……憑りついたばっかのその時でも、簡単な感情くらいは分かってやがったんだろうな」
「哀れんだのか、夕陽台を」
「そんなとこ。……で、話を戻すけどよ、お嬢はそうやって大跳躍したわけだが、そのスリリングな感じっつーか、自由な感じっつーのが、お嬢は物凄い気に入ったみたいでよ」
「だから、以降も力を貸していたと」
「善意100%でな。それもお嬢から学ばせてもらった気持ちだ。……お嬢はさ、パルクールしてる時だけは笑顔なんだぜ。覆面してるから他の連中には分からねえだろうけどな」
「すまなかった」
と、野田は両手を両膝の上に置いて、深々と頭を下げた。
「え、キッショ。何が?」
「俺は貴様のことを誤解していた。貴様が夕陽台に危険な遊びをさせるのは悪意100%だと思っていた。己の浅慮を恥ずかしいと思う。申し訳なかった」
「……や、別にいいけど。てかあんまり謝罪する時にパーセントとか言うなよ。日本語下手かよ」
アルミラージは「こんなもんかな」と掃除を切り上げて立ち上がり、野田の前のローテーブルに腰掛ける。
「で、ここまで言ったら俺がお前に怒鳴った理由が分かるんじゃないの?」
「……『ババアに勘繰られたらどうすんだ』とさっきお前は言っていたな。……何かしら自室で流血沙汰を起したことを母親に発見されたら、夕陽台が母親から失望されてしまうかもしれないからか。不良娘になってしまったと」
「お嬢は母親からの失望を恐れてやがる。だからパルクールにしたって姿を隠して人目を避けてやんだよ。不良な部分を母親に悟られねえためにな」
野田は冷蔵庫の方を顎で差しつつ、
「それならあの睡眠薬入りコーラも処分した方がいいだろうな。まあ誰かが飲まない限りバレない類の不良行為だろうが」
「……ん、まあそうだな」
アルミラージは少し、煮え切らない反応を示した。
その話題について触れることに。
難色を示していた。
「…………あの、さ」
俯いて、足先をモジモジと絡み合わせる。
「まあ、肯定しちまったから、今さら覆すことは出来ねえんだけどさ? アレは確かに睡眠薬入りのコーラなんだよ。……あ、ちなみに消費期限とかは大丈夫だからな。定期的に廃棄して、定期的に仕込んでるから。……うん、こういう時のためにお嬢は仕込んでたんだよ。そりゃ俺も分かってたさ。……お嬢がどうしてもそうしたいってんなら、俺はお嬢がコップにコーラを注ぐのも、それをお前に出すのも目を瞑ったよ。……でも、やっぱりいざ本番に入ろうとしてんのを見ると、……止めちまうよなぁ。今の俺は平均的な高校生くらいの良識は持ち合わせてやがるからなぁ」
もったいぶることでもねえや、とアルミラージは前置き、
「お嬢はお前と子供つくる気でいやがったんだよ」
と白状した。
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