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第14話 怪我の功名

 このような事態はアバドンにとって、初めてのことではなかった。自分の身に何が起きているのかは即座に理解していた。


 すなわち、転移魔法が失敗したのだ。体調を著しく崩している状態で魔法が不発し、本来なら肉体と魂とが両方とも転移するはずだったのが、魂だけ転移してしまったのだ。


 そして、肉体をあのままにしておくわけにはなるまいとなった。状況だけ追っていくのであれば、夕陽台は野田の寝入りに頭突きをしたのだ。れっきとした不意打ちであり、何らかの気変わりであり、不審な彼女のそばに肉体を放置しておくわけにはいかなかった。


 赤色のオーブは庭の上を漂い、プレハブ小屋の壁を貫通して中に入る。

 野田の肉体は変わらずソファで眠りこけており、……夕陽台は、苦悶の表情を浮かべて床の上に横臥していた。

 息はしているが、意識は失っていると見られる。……アバドンはまず、野田の肉体に憑依し直そうとした。魂だけの状態では何をするにも不都合だからだった。


 しかし、アバドンはその憑依を完遂しなかった。


 というのも、憑依した直後に強烈な眠気を覚えたためである。火事真っ只中の家に入ろうとすれば火傷するのは当然だった。


 アバドンはだから、憑依してすぐに、さっきの転移魔法失敗の要領で幽体離脱した。今後もこのテクニックはどこかで使うだろうなと心に留め置き、今この状況でするべき適切な行動をと考える。


 アバドンは考える。

 このような事態は、夕陽台のみによって引き起こされたのではないのだろう。……彼女の目的は、野田を眠らせた後に「何か」をするためのはずだった。通常、睡眠薬を盛るというのは、入眠状態にある無防備な相手に「何か」するためだから。


 だが夕陽台は意識を失っている。野田の肉体から離れたところで。……これでは意味不明である。何のために野田を眠らせたのか分からない。


 仕方ない、とアバドンは意志を固める。


 手段さえ選ばなければ、強烈な睡魔から立ち直る方法はある。気は進まないが、ただジッとしているわけにもいかないし仕方あるまい。……と、無い腹を括っていた時だった。


「……いててて、……こりゃコブになってやがるかもなぁ」


 夕陽台が自らの額を撫でつつ、フラフラと立ち上がった。

 ソファに座ったままの野田の肉体を見て独りごちる。


「どうしやがるかな、これは。……ていうか、なんで魂が抜けてんだ? 死んだわけじゃねえよな息はしてるみたいだし。……眠てなあ。考えるのは得意じゃねえんだよなぁ」


 ブレザーのポケットから輪ゴムを一つ取り出し、髪を後ろに束ねる。

 長い耳が取り柄の兎は、その耳が覆われることを嫌う。


「おい」とアバドンは、夕陽台(?)の死角から呼び掛ける。

 不格好に髪を束ねた少女は両肩を跳ね上げてビックリし、その勢いのまま天井スレスレの大跳躍をして飛び退き、プロジェクターが照らす壁の前に着地した。


「貴様、夕陽台じゃないな。……アルミラージだな」

「……………………………………」


 夕陽台(?)は中腰の状態で、下唇を噛みつつアバドンのオーブを見上げていたが、もう一度「おい」と呼び掛けられると仁王立ちになって腕組み、高らかに宣言した。


「な、何を言っているのよ。私は夕陽台美波でしょうに。どこからどう見たってそうなのよ」

「第5宇宙の人間はオーブを認識できないだろうが。なぜこの状態の俺の姿が見えて声が聞こえるのだ」

「うぐ、……は、謀ったな!」

「貴様がひとりでにボロを出したのだ。……知能の低さは変わらずか」


 で、とアバドンはそのままの距離を保ちつつ、アルミラージに問い詰める。


「何を誤魔化そうとした? 貴様が夕陽台を名乗って何の意味がある。意図が分からん」

「……ただ動転してただけだっつーの。お前、自分がどんだけ沢山の魔物狩ってきたのか、自覚してんだろーが。そりゃビビッて身分も偽りたくなるよな。言わせんなよ恥ずかしい」


 ていうか、ンなことよりもよ、とアルミラージ。


「お前、なんで幽体離脱なんかしてんの? 意識があるなら出てってくれよな。こんな真夜中に女子の部屋に居座るもんじゃねーって」

「出て行きたいのは山々なのだが、体が完全に睡眠状態に入っていて動かせないのだ。これではどうすることも………………」


 そうだ、とアバドンは閃いた。


「なあ、俺の頬にビンタし続けてみてくれないか」

お読みいただきありがとうございます。


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