第13話 草木も眠れば
「一日前のテレビ放送を遡って見られるサイトがあるわよね。私は母親が好んで見ていた番組をそのサイトで視聴して、出演者が話していることを文書作成ソフトに書き写したの。……で、その内容を覚えたら、母親の近くで友達と電話するフリをしながら、覚えていた台詞を朗読したわ」
「……………………」
野田は腕を組み、目を閉じて傾聴していた。
「そしたら母親は、わざとらしいくらい反応したわ。今までの素っ気なさはどこへやらという具合に。『まだこんな歳なのに政治のことが分かるのね』って、神童だのギフテッドだの囃し立てたわ」
で、その結果がこれよと、壁面がカレンダーアプリの画面に切り替わる。
それまで空白だらけだったカレンダーは、2013年8月以降、塾の予定が週5で入れられていた。
「この当時から父親は単身赴任していた。誰も止める人が居なくてこの有り様よ。……こんなスケジュールの中、どうやって友達をつくればいいんだって話よね」
「……虐待だな」
そうね、と夕陽台は首肯する。
「でも私は甘んじて受け入れたわ。だって、折角手に入れた『賢い一人娘』というステータスを手放したくなかったから。……そのステータスさえ保ち続けていれば、母親に構ってもらえるから」
で、それから、と夕陽台はカレンダーを順行していく。
週5日で埋まっていた塾の予定は2019年の4月以降、週7日に増やされていた。
「これは高校入試に失敗した年ね。『まだ勉強が足りなかったのね』って、『お金ならいくらでも出すから、遠慮なく勉強しなさい』って母親に言われて、それでこの通りの超過密スケジュールよ。……晴天学園はあくまで滑り止めだったの。どれだけ偏差値が高かろうが、都内で一番という訳ではないから………………………………」
夕陽台は言葉を区切り、左隣を見る。
野田は腕を組んで目を瞑っており、首が横に曲がっている。傍から見て明確に脱力していた。
会話が途切れたのに、うんともすんとも言わなかった。
『どれだけ歴戦を経た戦士の魂だろうと、宿っているのは何の訓練も受けていない男子高校生の肉体だものね』
と黙して思いつつ、夕陽台は野田の太ももや肩を触り、反応がないことを確認する。
『ただ、よくよく考えてみたら、こんなに反応しないのに首尾よく最後まで出来るのかしらね。覚醒されたらされたで死に物狂いで猛反発されるでしょうし、……まあ』
いいか、と野田の上に跨り、夕陽台は両手で相手の顎を包み込む。
『どっちに転んでも、無駄には変わりないんだし』
夕陽台は野田の唇に、自らの唇を近づける
澄んだ川の水を掬い上げて啜るような、ごく淡白な所作でもって口づけしようとした。
が、今まさにその時という刹那、夕陽台は何かに憑りつかれたように、突如として野田の額に頭突きした。
野田は痛みで覚醒し、反射的に前方を振り払おうとするも体が思うように動かず、空を弱弱しく払ってから、何事かと周囲を見回した。
夕陽台は斜め前方に立ち、片手で額を押さえつつ、「えっ、なんで私いま頭突きなんか、えっ?」とフラつきながら混乱している。
「どういう状況なんだ。何があった」と野田は尋ねようとするが、意識の混濁と強烈な眠気に阻まれて声が出ない。
ただ、その眠気があまりに不自然であることだけを理解していた。
額を強打されて覚醒したはずの意識が、こうも急速に遠のいていくのは、何かしら魔法か薬物かで催眠されているからに違いないと断じていた。
そして、その心当たりが唯一あるとすれば、それは夕陽台から差し入れされたコーラだけだった。
「夕陽台に触れられる前に転移魔法を使って逃げねば」、と野田は焦った。
相手が何を企んでいるのかは定かではなかったが、戦士としての本能が戦略的撤退を強く訴えていた。
「■▲〇!」
第63宇宙の言語で野田が転移魔法を叫ぶと、彼の視界は屋内から屋外へ切り替わった。
辛うじて逃げ延びたぞ。……と野田は胸を撫で下ろそうとする。
しかし、胸を撫で下ろすも何も、自分には胸もなければ腕もないことに気付く。
カーブミラーを見ると、本来ならジャージ姿の男子高校生が立っているはずの座標に、赤色のオーブが浮いていた。
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